*問題のように見えるもの

 

淡路島で自然農をするようになってから、畑では様々な問題が起こった。

 

自然農を初めて2年目、耕さない畑の土はカチカチになった。苗を移植するのにスコップが入らず、耕さない自然農で大丈夫なのか?と不安になった。

けれど、翌年頃からカチカチだった土がだんだんと軟らかくなり、8年目の今では畑全体がフカフカの土になっている。雑草を鎌で刈ろうとすると根っこから抜けてしまうほどだ。

同じく2年目、10年ほど放っていた田んぼで米を作ろうと思い、草を排除した後トラクターで耕し田植えした。すると、その田んぼには芝がびっしりはえだした。

恐ろしく強い芝で、刈っても刈っても伸びてくる。そして鎌では切れないほどの強さなのだ。

私は芝に根負けし、除草は全く追い付かず、田んぼは芝で覆われた。

当然稲は生長できず、分けつもできないままで、食べるどころか種を取るので精一杯だった。

次の年の田んぼでも同じことが起こった。とりあえず、稲の周りだけでも芝を刈ったが、やはり分けつは少なく、稲も窮屈そうだった。

かなりの労力をかけていたので、田んぼをするのが苦痛になってきた。どうしようか?と迷った時、ふと、敵を排除するには敵の事を知らなければいけない、と思い、芝という植物の事を調べてみた。

芝は雑草を抑えるためにわざわざ植えるものなので、芝の排除の仕方は出てこなかったが、芝の性質を知ることはできた。

芝は、日当たりの良い場所を好む。芝をうまく生えさせるためには芝刈りした後の芝をそのまま置いておかず、避けておくこと、と書いてある。

私は田んぼの草を刈り、その草を全て排除してしまっていた。なんと、私は芝が好む環境をわざわざ作っていたのだ。

3年目、畑はアブラムシでいっぱいになった。

真冬だというのに、アブラムシはいなくならず、特にマメ科の植物にはアブラムシがびっしり付いていた。

けれど、だからといってアブラムシに殺虫剤をまくわけにいかない。何とかアブラムシを好きになれないか、としげしげとアブラムシを眺めてみた。

エメラルドグリーンの綺麗な虫だった。ただ、小さくて、たくさんいることで、気持ち悪く見えてしまう。

このままでは野菜たちが駄目になってしまうのではないか、と不安にもなる。

やっぱり何か、対処しなければいけないのか?牛乳を振りかけてみようか、手で取って殺してしまおうか・・・。それにしても、無数のアブラムシ。どれだけの牛乳が必要なのか。

少し牛乳を振りかけてみたけれど、なぜかアブラムシは死ななかった。牛乳を振りかけるのがアホらしくなり辞めた。

しばらくするとアブラムシの天敵であるテントウムシが増えだした。テントウムシはどんどん増え、アブラムシを食べている。テントウムシが食べ尽くしてくれるかと期待したけれど、アブラムシは減らなかった。

あー、このままウチの畑はアブラムシまみれなのか・・・と考えると嫌になってきた。菜っ葉にもアブラムシがたくさん付いていたので洗うとアブラムシがたくさん浮いてくる。さすがに食べる気がしなかった。

その翌年の春、突然アブラムシが姿を消した。どこにもいないのだ。あんなにいたのに・・・いったいどこへ消えたのか?私はボー然とした。

後で知ったことだが、アブラムシは突然羽が生え、飛んで行ってしまうらしい。

そして、虫の大量発生は不自然な場所で起こるという。

じいちゃんは畑に化学肥料も牛糞も鶏糞もたくさん入れていた。そのお蔭で野菜は大きく育ち、たくさん実を付けたが、栄養過多で不自然な土になっていただろう。

もしかすると、不要な養分をアブラムシが吸い取り、無くなったところで突然姿を消したのかもしれない、と思った。

アブラムシの原因はともかく、アブラムシが大量発生したことに私は問題視する必要はなかったようだ。

虫が大量発生したから殺虫剤をまく。そこは不自然になるから、また別の虫が来る。だからまた別の殺虫剤をまく。

雑草が邪魔だからと草を排除しすぎると、さらに強い草が生えてくる。

野菜が大きくならないから、と必要以上に栄養分を投入すると虫が寄ってくる。

起こっている事を問題視した私が起こした行動は、新たな問題を引き起こすのだ。

土が固くなったのも、虫が大量発生したのも、畑が自然に戻るための過程であり、「問題」ではなかったのかもしれない。

それを「問題」と受け取ったのは私だった。

それが、問題なのか、自然な過程なのか判断できない時は、時が過ぎるのを待つことにした。

自然界は必ず変化するのだ。少し忍耐は必要だけれども、いらんことをして新たな問題を引き起こすよりもずっと早く、確実に解決されると分かった。

自然農の畑では、野菜が全体的に小ぶりになる。スーパーに売っている大きな大きな白菜やキャベツなんてできない。

けれど、この野菜の本来の姿はどれくらいの大きさなのだろうと想像してみる。この小さな野菜は問題なのか、自然なことなのか?と。