*小豆を磨く津田じぃさん

 

ウチの近所に住む津田じいさんは、野菜を少し作っては直売所へ持って行き小銭を稼いでる。

とても上手に野菜を作る人で、

収穫した野菜も丁寧に洗い、袋詰めし、

なおかつ値段も安いときている。

あんまり安すぎて、お店の人からもう少し値段を上げろ、と注意されるのだが、耳が遠いのを良いことに、聞こえないふりをして置いて帰る。

そんなに手間暇かけた野菜の値段を上げない理由はただ一つ。

「売れない」からだ。

ある時、沢山収穫した小豆の選別を手伝う事があった。

この中から良いものをより分けろ、と言うからその通りしたら、

私が選んだ良いものの中から

「これはダメ、それもダメ」とダメ出しされ、

さらに沢山の小豆が弾かれた。

販売用に残った小豆はほんの一握り。

ほとんどが二級品で売れないから、お前たちにやる、と言うのだ。

二級品とはいえちゃんと食べれるものだから、タダで貰えるのはありがたい。

しかし、販売しようと思ったら、そんなに厳しい目で見なければいけないのだろうか?

別に虫食いでもないし、

少し小さいとか、形が歪んでるとか、ちょっとした事なのに。

さらに津田じいさんは、選んだ一級品をタオルでピカピカに磨き上げた。

そうしないとやっぱり「売れない」と言うのだ。

農家にとって野菜達は「売れない」と意味がない。

生活するために作っているのだから。

売れない商品は誰かにあげるか、

場合によっては処分される。

買ってもらえないものを作る意味がないのだ。

それにしても大変な手間だ。

だからといって、高い値段を付ける訳でもない。

お金を稼ぐ為とはいえ、こんな事できないなぁ〜と思った。

小豆はウチの畑でも育てているが、虫も食わず、大粒で綺麗な小豆なんてほんの少ししか出来ない。

農薬や肥料を使わないと綺麗に作るのはムリだろう。

その中から綺麗な物だけ選び、磨きあげ、安くで売るなんて

いくら時間があって暇な私でも出来る事ではない。

日本の農家の数は確実に減ってきている。

農家の子供は農業を継ぐことは出来なくなった。

機械や農薬肥料代等のお金はかかり、時間や労力もかかるのに、野菜や米の値段が下がり、農業だけでは食っていけなくなった。

今残っている小規模農家は年金をもらいながら続けている高齢者達がほとんどだ。

この人達がいなくなる10年後くらいには、農家の数はもっと減っているだろう。

小規模農家から大規模農業に転換しつつある。

大規模になればなるほど、農薬や肥料はたくさん使わないと管理出来ないし、

種もF1(一代交配種)や遺伝子組替えを当たり前に使うだろう。

それでも食料は足りないから、

益々外国からの食料に頼らなければ食べていけない時代となる。

農業はある意味バクチだ。

夏の暑さは異常な程だし、夕立なんて降らなくなり、

降ったと思ったら災害級になった。

畑の野菜達にもその影響は大きく、日照りで枯れたり、大雨で根腐れしたりでダメになる。

特に無農薬で野菜を育てていると、そんな気候の変化で虫食いが増えたり、傷物が増えたりしてB級品がたくさん出る。

十分食べれるものでもB級品は買って貰えないから、破棄するしかない。

そんな自然災害や、病気が流行って全てダメになってしまったり、薬代と機械代がかさみ儲からなくなってしまった。

病気や災害で野菜の数が減ると、野菜の値段は驚く程上がる。

運良く収穫できた農家さんはラッキーだが、収穫がなかった農家さんは指をくわえて見ているしかない。

今時そんなバクチ農業をしようと思う若者は少ないだろう。

耕作放棄地が増え、畑や田んぼは山に帰ろうとしている。

都会の消費者は、そんな農業の現状を知る機会は少ない。

だから何も知らずに買っては食べ、

食べ残しては処分してしまう。

私も消費者だった頃は、そんな事を知りもせず、考えもせずに食べ、食べきれずに処分していた。

国内外産は関係なく、安い米や野菜や肉を消費していたし、野菜は値段が上がると買わなかった。

自分で米や野菜を育ててみると、

米や野菜の値段がどれほど安いか思い知らされたし、

それらを作り続ける農家さんに対して足を向けて寝れなくなった。

ここ数年、淡路島には自然栽培や有機栽培で農業を始める若者が増え続けるという現象が起きている。

そんな大変な農業を始めるなんて、

私にはとてもマネできない事だ。

もう、足をどちらに向けて寝たらいいのか分からなくなった。

機会があれば、そんな彼らの野菜を手に取り、味わってみて欲しい。

自然の恵みと命の味がする事だろう。