*乳酸菌と酵母の宇宙・糠漬け

5月、気温が高くなってくると糠漬けが美味しい季節に入る。

今まで何度も糠漬けを仕込んできたけれど、長続きした試しがない。

毎日混ぜるのがめんどくさい、という理由から、

放置期間が長くなり、産膜酵母が繁殖しすぎて駄目にしてしまったこと数回。

最長記録は半年ほどだろうか。年を越した試しがない。

糠漬けは、母親から譲り受け、娘が嫁に行くときに持って行き、

何十年もつないで使っていけるようなものだというのに・・。

せっかく無農薬のお米を作り、米ぬかも有り余り、

しかも糠にはビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富で、米糠を発酵させることにより酵素が生成されるのだから、体に取り入れないともったいない。

糠床に住み着く乳酸菌は植物性の乳酸菌で、この菌は強く生きたまま腸内に届き腸内細菌達のバランスを改善してくれる。

糠漬けにした野菜は生で食べるよりもビタミンミネラルが増え、白米に足りない栄養素を補ってくれる。

整腸作用・免疫力向上・貧血防止・美肌・骨粗鬆症予防・などなど

いいこと尽くめだ。

また混ぜるのがめんどくさくなるのは目に見えているのだが、

この季節になると毎年、「今年こそは!」と

糠どこの準備を始めてしまうのだ。

糠床の作り方は、発酵食品や漬物の本には必ず登場する定番中の定番である。

それぞれに、材料の違いはあるけれど、

共通して必要なものは3つだけだ。

糠・塩・水。

たったこれだけで、栄養豊富な美味しい漬物ができる。

そこに、旨みを加えるものや、殺菌作用のあるもの、発酵を促すものなどを追加する。

床は、乳酸菌や酵母の住処であり、生きているものだからこそ、

毎日混ぜて様子をみて、状態によって追加すべきものを判断していくのだろう。

なんとも奥の深い食品ではないか。

味噌や醤油とはまた違う難しさや面白さがありそうだ。

糠床作りは何回目か分からないが、菌の世界を理解してからならば、面白くないはずはないだろう。

*糠床は乳酸菌と酵母の宇宙

糠床は塩分濃度が6~8%と高いため、ほとんどの菌はその中で生息することはできない。

耐塩性酵母菌と好塩性乳酸菌という高塩分濃度を好む、もしくは耐えることができる菌がいて、それらは高塩分濃度の糠床でも生息できる。糠床の中はこの2種類の菌が活躍してくれることになる。

糠床を仕込んですぐ、糠や捨て野菜についている雑菌が繁殖し始める。

それらは高塩分で死滅すると同時に、乳酸菌が出す乳酸によっても殺菌されていく。

乳酸菌は乳酸を出すくせに、酸性に弱いため、乳酸が増えると自滅する性質があり、ゆっくりと数が減少ていく。

乳酸菌の乳酸によってpHが低下(酸性)してくると、酸性に強い産膜酵母が増え始め、乳酸菌と産膜酵母がバランスを保ち熟成していくのだ。

乳酸菌は酸素を嫌う嫌気性で、産膜酵母は酸素を好む好気性である。

つまり、乳酸菌は床の中の方で生息し、産膜酵母は床の表面で生息する。

この両者のバランスを保つために毎日混ぜる、という作業が必要になってくる。

床を混ぜるのをサボってしまうと、酸素を好む産膜酵母が床の表面を膜で覆いはじめ、床の中は酸素がない状態が長くなり、乳酸菌優位になる。するとその床は酸味が増していきすっぱい漬物になっていく。

産膜酵母は乳酸を消費して酸味を押さえ、アルコール発酵により漬物に香りをつける働きをするのだが、大量発生するとシンナー臭がしてまずい漬物が出来上がる。

床を毎日混ぜて天地返しすることで、床の中に酸素を行き渡らせて乳酸菌の数を抑え、表面の産膜酵母を中に入れ込むことで産膜酵母の数を減少させる。

そうやって異常繁殖すると自滅するという性質を持つこの両者が、糠床という宇宙の中でバランスを取れるように介入してあげるのだ。

乳酸菌と産膜酵母のバランスが取れるまで、2週間程が経過し、

いよいよ本漬けし始めると、塩の浸透圧によって野菜の水分が床に溜まっていく。

水分量が多くなった床は酸素がない状態になるため、乳酸菌が増えすぎるだけでなく、塩分濃度が下がってしまい雑菌も繁殖しやすくなってくる。

酸欠状態が長く続くと、酪酸菌が発生するが、この菌が悪臭を放つ。

そこで水分対策が必要となってくる。

水分をペーパータオルなどで吸い出すのは旨みや良い菌も奪われるのでもったいない。

乾物(昆布、大豆、干ししいたけなど)を入れて水分を吸わせたり、追い糠(生糠1cupに塩大1)を足して調整する。

しばらく家を留守にしたり、混ぜるのをサボってしまったとき、

糠床の蓋を開けると、床の表面に白い菌の膜が張っていて驚くことがあるだろう。

この白い膜は産膜酵母の膜である。

産膜酵母は繁殖しすぎるとシンナー臭を発して漬物をまずくしてしまうが、食べても体に害はない。

そっと表面を取り除いて、またよくかき混ぜると床は復活してくれる。

その他のカビが表面に出てしまった時も、その周辺のカビを多めに取り除きよくかき混ぜて、減った分の糠と塩を足し、3~4日休ませれば復活する。

不在にすることが分かっている場合は、保存袋に入れて空気を遮断し冷蔵庫に入れてしまうか、樽のままなら、糠や塩を足して床を硬めにしてから床の表面に大目の塩を振り、冷暗所にしまっておく。

帰ってきたらすぐに表面の塩を取り除き、よく混ぜて復活させよう。

糠床の中の菌の世界がなんとなく理解できたなら、さっそく糠床を仕込んでみよう。

床は菌の小宇宙だ。菌の神様になった気分で樽の中を毎日覗き込んでみよう。

*糠床の作り方

材料

生糠または炒り糠  1・5kg

塩225g(糠の15%)

水6と1/2cup

唐辛子4~5本

昆布30cm

捨て野菜(水分の多い葉物など)200gほど

①塩を分量の水に入れ、沸かして冷ましておく。

②米糠に冷ました塩水を入れ、良く混ぜる。

③唐辛子や昆布を加え、捨て野菜を漬ける。

酸素が入らないよう上からしっかり押さえて平らにし、ふちに着いた糠は拭き取っておく。

④毎日底から空気を含ませるように混ぜる。夏場は朝夕2回。

⑤捨て野菜は2~3日に1回新しいものに取り替える。

⑥約2W程で完成。本漬けする。

まず生糠か、炒り糠か?で迷う。

炒ったほうが良いと書いてあるものもあれば、生の方が良いと書いてあるものもある。

炒る場合は75℃で3分炒ることで、糠のでんぷんがα化し、菌の餌になりやすく、生の場合はビタミン・ミネラル・食物繊維が豊富で味も発酵も良好だそうだ。

どっちにしようか悩んだ結果、両方入れることにした。

今回は、生糠に対して1割の炒り糠をいれてみた。

◎上記の材料に旨みを足したい場合は、

鰹節、煮干、昆布、干し椎茸、炒り大豆、などを足す。

◎防腐作用のある薬味が欲しい場合は、

唐辛子、山椒、生姜、練り辛子などを足し、

◎漬物が酸っぱくなってきた時は、

卵の殻を入れると酸性を中和してくれる。

◎糠床の水分が多くなった時や、糠の量が減ってきた時は、

糠1cup、塩大さじ1を追加する。

◎その他、熟成を早める方法として、

酒かす、米糀、生ビール、熟成した糠床を1cupほど分けてもらい入れるなどすると熟成が早くなる。

人それぞれ工夫しているが、

やっぱり一番いいのはお母さんが素手で毎日床を混ぜること、だと思う。

女性の体には良質な乳酸菌が常在していて、人それぞれに違う乳酸菌がついていると言う。

それがお袋の味になる。

もちろん、混ぜるのはお父さんでもいい。

家族のために愛情を持って料理する人が糠床を混ぜるのが一番いいのではないかと思う。

そしてそれを食べる家族は幸せで、子供の免疫力もグンと上がって健康になる。

糠床から家族平和が起こり、それが世界平和の第一歩につながるのではないかと考えるのはわたしだけだろうか・・。

そして、なるべく毎日新鮮な野菜を入れ替えることで、おいしい床が出来上がる。

新鮮な野菜に含まれる酵素がたんぱく質を分解して旨み成分のアミノ酸となるのだ。

暖かい季節に糠漬けを楽しんだ後、冬場の糠床は休眠に入る。

乳酸菌が活発に活動できるのは、気温が20℃~40℃。

糠床の旬は夏なのだ。

床の中の野菜などを全て取り出し、生糠と塩を加えて床を硬めにし、

しっかり上から押さえてから表面に塩を1cmほど敷き詰める。

蓋をして、冷暗所で保管する。

翌年、暖かくなってきたら、表面の塩と、糠を2cmほど取り除き、

糠1cup、塩大さじ1を追加して耳たぶの硬さに調整する。

1週間ほど捨て野菜を繰り返し、復活させる。

何度となく失敗を繰り返してきた糠床であるが、改めて菌の世界を知ってみると、「床を育てる」という感覚が芽生えてくる。

生きているからこそ、そこに「私」が介入することで、床は腐ることなくすくすくと育っていく。

毎日混ぜる、という作業は一瞬で終わることとはいえ、なかな続けることは難しい。

そこに菌やそれを食べる家族への愛情とか、そんなものも必要なのだろう。

根気のない私に続けることが出来るかどうか分からないが、

糠床の小宇宙をあらためて育ててみようと思う。

*日本の時間 四季・二十四節季・七十二候

 

じぃちゃんばぁちゃんが死んだ時、この村の風景が変わったなぁと感じた。

1世紀近くの間、この村で生き、風景に溶け込んでいた人がいなくなり、代わりに新しい命が生まれ、成長していく。

こうやって時代が変わり、価値観が変わり、景色が変わっていくんだなぁ、と初めて感じた。

と、同時に時間とは生命の事なんだと気付いた。

時間なんて、人間が作った観念で、時間なんてないと思っていたが、

そうではなく、生命の営みそのものが時間なのだ。

お米は5月頃に種を蒔き、芽を出して成長し、

8月に花を咲かせて子供である実を付け、11月頃には枯れていく。

半年という時間を変化しながら生きるのだ。

産まれては死に、変化を繰り返し、留まることがない。

それを時間と認識しているのだ。

いつも、時間がない、時間がないと焦りながら毎日を過ごしている。

「時間がない」ってどーゆうことなんだろう?

人間には平等に時間が与えられているはずなのに。

1日は24時間と決まっていて、私だけが少ないわけではないはずだ。

やりたいことがいっぱいあるから?

スローライフは忙しい?

それもあるだろうけれど、答えはたぶん、「日本には四季があるから」だ。

日本には四季があって、春には春の、夏には夏の仕事があって、

その時にしかできないことがある。うっかりしていると、やらなければいけないことをし損ねる。

四季どころか1月には1月の、2月には2月の、その時期にしか出来ない事があるのだ。

そして、日本には「二十四節季」と言って、ひとつの季節を6つに分け、

そしてさらにひとつの節季を3つに分けた「七十二候」という細かい季節まで存在するのだ。

ひとつの「候」はたったの5日しかない。

日本は南北に長い国なので、地域によっての暦が作られていたらしい。

いつ山菜が芽を出して、いつ米の種を蒔き、いつ虫が活動し出して、

いつカエルが泣き出して、いつ何が旬なのか、

そして、その季節はどのように過ごすのか、

日本人が長い時間をかけて記録した智恵の塊のようなものだ。

今日は5月の20日だから、初夏である立夏、明日から小満という節季に入る。

淡路島では淡竹が旬を向かえ、お米の種籾が芽を出し、

田の準備を始める季節である。

畑では春の草は花が終わり、種を落とし、夏草が芽を出し始める。

暮らしの中では菖蒲湯に入り、柏餅を食べ、アサリを食べ、酢飯を食べて過ごす季節だ。

こないだまで春だと思っていたのに、もう立派な夏である。

忙しいけれど、四季や節季がある日本とは、それだけ沢山の事を経験できる豊かな島だ。

淡路島に移ったはじめの頃は、そんな四季の変化がどのように移り変わるのか分からなかったから、野菜の生長の事や、いつどんな草が生え花を咲かせるのか、

いつ虫が出るのか、自然環境の変化を記録したものだ。

毎年少しずつずれることはあるけれど、

たいてい同じ頃に同じことが起こった。

知れば知るほどやることは増えるのだけれど、

いつ、何が起こるのか、知っているだけで得をするものだ。

そして、その季節に合った過ごし方や、食べ方を変えるだけでも

体は元気になっていく。

 

たった5日で自然界の季節は変化していく。とても貴重な時間であり、

次は何が起こってくるのかとわくわくしながら過ごす。

その季節の変化の中に自分も加わっていることを意識しながら日々の暮らしを営む、

それを「時間」というのだろう。

*味醂仕込みのいろいろ

*第1の味醂

米糀を作るようになって、様々な調味料を仕込み始め、

次は味醂という調味料を作ることができるのか?

と考え調べ始めた。

ネットで調べていると、だいたい出てくる仕込み方が、

蒸した餅米に米糀をあわせ、そこに米焼酎を注ぎ、

1年ほど寝かせるというものだった。

その通りに作ってみたら、1年後にはきれいな琥珀色に変化し、

どうやら完成したようだった。

↑仕込んですぐの味醂

ただ、味醂という調味料を飲んでみたことがなかったから、

比べてみようと思いなめてみた。

当時の私は調味料にあまりお金をかけるということをしていなかったので、うちの台所には「みりん風調味料」しかなかった。

市販の味醂風調味料はとても甘く、「甘ったるい」という感じだった。

原材料を見ると、ブドウ糖が入っている。味醂ではなく、単にあまくした調味料だったのだ。

私が作った方の味醂を舐めてみると甘みは少なく、すっきりしており、

美味しいけれど甘みの調味料としてこれでいいのかは分からなかった。

けれど料理に使ってみると、特に問題なく使えたので、これで良しとした。

↑仕込んで1年ほど経った味醂

第1の味醂の作り方

①餅米6合を前日の晩から浸水させておき、当日水切り1~2時間行なう。

②餅米を蒸す。芯が残らないよう硬めに蒸す。うちの餅米は15分程で蒸しあがる。

③蒸した餅米を飯台に広げ、団扇で仰いで蒸気を飛ばし、荒熱を取ったら、米糀600gと合わせ保存容器に入れる。

④そこへ米焼酎1800ccを注ぎ、半年から1年寝かせる。

⑤琥珀色になったら出来上がり。ざると晒しを使って濾す。

液体の澱が沈んだら、上澄みを容器に入れ替える。

⑥2%の塩を入れる。

ただしこれは米糀による発酵ではない。

米糀菌が出した「でんぷん分解酵素」によって、米のでんぷんが糖に分解され甘くなるのだ。

米焼酎ほアルコール度数が25パーセントあり、これを注ぐと同時に麹菌は死滅しているのだ。

*第2の味醂どりんちゃん

2年目、同じ作り方で味醂を仕込むのだが、米焼酎を買わなければいけない事が気に入らなかった。

餅米はある。米糀も作れる。けれど米焼酎はさすがに作ることができない。

焼酎の造り方、という本は買ってみたけれど、蒸留する装置を作らなければいけない。

何とかならないか、と濁酒作りを教えてくれた友人に尋ねた。

彼は教えてくれた。

「味醂とは、もともと調味料ではなく、江戸時代の女性が飲んでいたお酒で、つまり、甘く作った濁酒だったんだ」と。

「だから、濁酒の蒸し米をうるち米ではなく、餅米にして仕込むんだ。」

なんだ、そうだったのか、簡単じゃないか。

さっそくやってみた。

甘い濁酒ができた。美味しかった。

だから全部飲んでしまった・・。

あかんやんか、ちゃんと置いといて調味料にしなければ・・。

去年の反省もあって、今年は多めに仕込み、

飲んでしまわないように調味料の分は押入れの見えないところに仕舞い込んだ。

去年、どりんちゃんを仕込みたいという友人がうちで仕込んだものの、

「なんか白いものが浮いてんねん・・」

と怖くて飲めず放置しているという写真を見せてくれたものが、

きれいな琥珀色に変化していた。

なんと、1年ほど放置しておいたらちゃんと琥珀色になるようだ。

浮いている白いものは米粒だと思われ、腐敗や虫ではなさそうだ。

怖がって飲まずに、私の代わりに1年置いといてくれたのかと思った。

この濁酒味醂を「どりんちゃん」と濁酒好きの友人が命名してくれた。

どりんちゃんを漉してから置いといたもの。すでに色が変化してきている。

けれどよく考えれば、このドリンちゃんは糖化酵素による糖化ではなく、酵母によるアルコール発酵である。

酵母菌は、米の糖分を食べてアルコールをつくりだすので、

1年も置いておくと糖分を食べつくし、全く甘みのないお酒になった。

甘いお酒としてはいいけれど、味醂としての役目は果たしてくれそうになかった。

まったく残念なことである・・。

*第3の味醂 甘酒味醂

今年、米糀や米焼酎版味醂仕込みに見学に来られた移住者仲間の

爺が、また新たな味醂の仕込み方を提案してくれた。

爺の友人が味醂を作っている蔵で働いていて、その人から教えてもらった作り方だった。

爺が聞いた作り方とは、

「米糀と炊いた餅米を保温して糖化させたところで米焼酎を注ぐ」

というものだった。

なるほど、そうすれば甘みが増すだろう。

第1の味醂の仕込みでは甘みがすっきりしていて美味しかったが、市販の味醂に比べると甘みが足りない。

仕込む前に糖化させておくことで(甘酒にしておくということ)、もっと甘い味醂になるであろう事は想像できる。

分量の配分など細かいことは分からないので、かなり適当であるがさっそく仕込んでみた。

漉す間がなくて、1年以上放置された甘酒味醂は

しっかり琥珀色に変化し、第1の味醂よりも甘い味醂に変化していた。

三河の九重味醂の本味醂と味比べをすると、まだまだ甘さは足りないが、

自前の味醂としては上等ではないか。

結果、やっぱり米焼酎は買わなければいけないけれど、一応これで満足した。

ちなみに三河の九重味醂(ここのえみりん)は500mlで千円ほどで購入できる。

江戸時代の女性が飲んでいた甘いお酒の味醂酎も復刻されて購入できる。

自分で仕込むよりも安くて美味しいし、

原材料も国産餅米、国産米糀、焼酎とシンプルな材料で、あれだけの甘さが出せるとは、やっぱり日本人は凄いなぁ~と関心させられるのだった。

*あからめる=諦める

 

「諦めないで、頑張りなさい!!」

と子供の頃よく言われた。

私は子供の頃から諦めが良い方で、すぐ諦めてしまう。

嫌なことは長続きしないし、

負けたらすぐ辞めるし、

出来ないことは辞めちゃうし、

誰かと競う、という事も極力避けて生きてきた。

結局、負けるのが嫌だから辞めちゃう、っていうだけだったりもするのだけれど…。

諦めずに勉強しろーとか、

諦めずに練習しろーとか親や先生が子供に言う場面もしばしばあって、

諦めずに頑張る、ということが美徳?とされる風潮があるようだ。

けれど実は、「諦める」という言葉の起源は仏教用語であって、

 

「物事の真実を明らかにする(真実をあからめる)。」

 

からきている。

明らかにする(あからめる)=あきらめる=諦める、なのだ。

それがいつの頃からか、その言葉を使う意味が変わってしまったようだ。

物事が上手くいかない時、諦めずに、ただ勉強し続けたり、練習し続け頑張るだけではなく、

「なぜ?」

「どうして?」

「どうやったらいい?」

と考えていくと、物事のシステムみたいなものが見えてくる。

そのシステム(自然界の真理とか性質とか仕組み、心理とか本質の部分)

をどんどん掘り下げ理解していくと、何をどうしたらいいのか分かり、一歩前に進むことが出来る。

物事が上手くいかない事には根本原因があるはずで、そこを理解しないと解決にはたどり着けないものだ。

野菜やお米を育て、発酵食品を仕込んだりしていると、

必ず上手くいかないことが出てきて、壁にぶち当たる。

本質を理解していないから、

どうしたらいいのかが全く分からず、同じ失敗を繰り返す。

そこで諦めずにがむしゃらに頑張るだけではなくて、

野菜やお米の性質を理解したり、

土や水や草、虫など畑を取り巻く環境を理解したり、

菌の種類や性質を理解したり、

日本の気候風土を理解したり、

もしくは私自身の事を理解する必要があったりする。

そうやって、少しずつ物事を明らかにしていく事で、

問題が問題でなくなり、

どうしたらいいのかが分かった時、根本原因が解決され、やっと前に進めるようになる。

もちろん、出来ない事ややりたくない事を無理にする必要はない。

私、という性質や本質を理解して、私はこれは出来ないんだ、と手放せばいい。

そんな「あからめる」ということを、暮らしの中や人生の中で起こる事から、

謎々を解くように遊ぶのが面白くって、

私の人生のテーマの一つだと思っている。

だから、屋号を「あからめ家」としたのだ。

*メタファー

 

そしてその謎々のヒントを、

自然界がメタファーとして現しているように感じている。

メタファーとは、比喩(暗喩)のことで、

暗喩とは、言葉で「〜のようだ」と例えていることを明示せず、

暗示的に表現されているものだ。

それを見たり聞いたりした人が、何を意味するのかを読み取る必要がある。

密教の中の大日如来は「法身説法」と言っていて、森羅万象あらゆるものが説法であり、凡夫は自身の仏性でこの仏の教えを聴かねばならない。

けれど、人間には煩悩があって、その説法が聞こえなくなっている、とあるのだ。

まさに私達現代人の姿だ。

私達は、自然界から遠のく事を選びすぎたのだろう。

その結果、自然の声を聴くことが出来ず、自然界の掟を簡単に無視してしまった。

真実は、隠されているから理解しにくい。

けれどメタファーとして、目の前にちゃんと現されているのだ。

そのメタファーを探し、自分なりの答えを出すのだけれど、

決してこれが最終的な答えではなくて、

「今現在の私が出した答え」、でしかない。

自然界は、私達人間が理解しているよりも、ずっとすっと奥が深い。

理解したように感じても、やっぱりまだ奥があったか…と感じる事がどんどん出てくる。

だから、結局生きている間に本当の答えなんて知る事は出来ないのかもしれない。

 

それはそれでいいのだ。

人間が、生きている間に神になる必要はないのだから。

 

*味醂と味醂粕の使い方

何を思ったか、味醂まで自分で仕込み始め、

今ではもう定番の仕込み調味料となった。

味醂は仕込んでから1年ほど寝かせてから絞り、液体と粕に分ける。

作り始めた頃は、味醂粕の使い道が分からず、長い事冷蔵庫で眠っていたものだが、

今ではお菓子作りに欠かせない材料となり、あっという間になくなってしまう。

「カス」 なんて、よく言ったものだ、もっと欲しい立派な食材となってしまった。

粕が欲しいがために味醂を仕込む、なんて事も考えてしまう始末である。

もちろん味醂自体も、料理に使うだけでなく、おやつの甘みに使っている。

甘すぎないので、甘党ではない私には丁度良い。

味醂粕クリームと、煮きり味醂を作り置きしておやつ作りに活用しよう。

*味醂粕クリームを作る

白湯で溶いて、クリーム状にしておくことで、使いたいときにすぐに使えて便利である。冷蔵庫で保存。

味醂粕500gに対し、白湯400mlを入れ溶かす。

味醂粕の硬さによって白湯の量は調整する。

ブレンダーなどで撹拌し、クリーム状にする。

ブラウニーやパウンドケーキの甘みに使える。

お菓子にねっとり感が出るため、

白崎裕子さんのレシピのバナナや豆腐の代わりに使っている。

あまり沢山入れると重みで膨らみにくくなるので要注意。

*煮きり味醂

味醂を火にかけ、半量になるまで煮詰める。

保存瓶に入れて冷蔵庫で保管する。

キャラメルソースや黒蜜などの代わりに、プリンや豆乳ヨーグルト等にかけても美味しい。

*味醂粕ブラウニー

①味醂粕クリーム150g、菜種油60g、ラム酒大1、メープルシロップ大2、

糖分30g、塩1つまみをよく混ぜて乳化させる。

②薄力粉100g、炒り米ぬか大3、(全粒粉やアーモンドプードルでも)

ココアパウダー30g、ベーキングパウダー小1をふるって①に加え、

よく混ざったらドライイチジク40gを4つ割にしたものを加えざっくり混ぜる。

③生地にラップをし30分程冷蔵庫で寝かせ、イチジクに水分を吸わせる。

④170℃で10分、160℃で25分焼く。

⑤荒熱を取ってからビニール袋に入れて保存すれば、しっとりする。

*炒り米ぬかを作る

無農薬のお米の糠をフライパンで香ばしく炒る。

焦げやすいので弱火で。

お菓子作りの時に、アーモンドプードルや全粒粉の代わりに使っている。

酸化しやすいので早めに使用すること。

*味醂ブランマンジェ

①鍋に葛粉20gと豆乳400ml、寒天粉3gを入れよく混ぜる。全てが溶けてから火にかける。

②塩1つまみ、煮切りみりん大5を加え、沸々してきたら、好みのオイル大1を入れ3分ほどよく混ぜる。

③よく練って、もったりしてきたら火を止め、器に入れる。

冷蔵庫で冷やす。

④カラメルソースの代わりに煮切りみりんをかけて頂く。

*米粉と味醂粕のパンケーキ

①米粉80g、片栗粉20g、BP小1を振るった中に、豆乳100~120ml、味醂粕クリーム50g、好みのオイル大1、塩ひとつまみ

を入れ、よく混ぜ冷蔵庫で30分ほど休ませる。

②フライパンで焼く。味醂粕が入っていると焦げやすいので、弱火で。少し焦げたところがパリパリして美味しい。

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*米粉と味醂粕のホワイトソース

①フライパンに米粉大1、オイル大3を入れ、米粉をよく溶かしておく。

②火にかける。ふつふつしてきたら、豆乳2カップ(好みの量で)塩少々入れ混ぜる。

③トロミが付いてきたら、味醂粕クリーム大2を加え、よく練り溶かす。

*トマトの味醂煮

①ミニトマトをひたひたの味醂で弱火でコトコト煮る。

②皮が剥がれてきたら取り除く。

③味醂が半量程になったらできあがり。

トマト以外の果物などでも、コンポートや甘露煮の砂糖の代わりに使うとヘルシーかな。

味醂と味醂粕の使い道は、随時更新しまーす

*お米作り珍道中

 

お米作りの季節がやってきた。

35才で淡路島に移住するまで、

米を美味しいと全く思わず、ほとんど食べていなかった私が、

なぜお米を作る事になったのだろうか。

自給自足をしたいとは思っていたので、お米も機会があれば作ってみようと考えていたが、

移住して2年目にその機会はやってきた。

その時97才だったじいちゃんが、

「お前、米作れ」と言ったのだ。

「うん、作る」と即答した。

叔母からは

「辞めておきなさい、しんどいだけだ、買った方が安いから」と止められた。

その言葉は無視することにし、じいちゃんが作れと言っているのだから、

自然農とかでなくていいから、じいちゃんからの指示で作ろうと思った。

 

とりあえず種籾を1升程、農協に行って買ってこい、

と言うので農協へ行き、種籾を買ってみた。

袋を開けて中を覗くと、

「‼」

米がドピンク色をしていた。

ばい菌がつかないよーに、と薬がかけられているのだ。

あまりに気持ち悪い色で、これを使うのは嫌だと思い捨てた。

幸い自然農仲間や先生から種籾を分けてもらうことが出来、それを使うことにした。

10年ほど放置していた田んぼを、近所のおじさんが耕してくれた。

 

ここまで用意が出来たところで、肝心のじいちゃんが入院した。

入院したじいちゃんは、私に米を作れと言った事も忘れてしまったかのように、

「次はどうしたらいいの?」

と聞いても何も教えてはくれなかった…。

しょうがないので、自然農塾で教えてもらったように苗代を作ってみた。

なんとか芽を出し、それなりに成長した。

が、全くのド素人である。

何をどーしたらいいのかさっぱり分からない。

じいちゃんは相変わらず何も教えてくれず、6月に植えるサツマイモの苗の事ばかり考えている。

もうすぐ田植えの6月の始め、突然じいちゃんが死んだ。

「‼」

私に米を作れと言い放ち、ここまでなんとか準備したのに、

なんで今死ぬの⁈

じいちゃんが死んでしまった事も悲しかったが、放置された私は途方に暮れた。

が、やらなきゃしょーがない。

人様にお願いして、代掻きしてもらい、なんとか田植えが出来る状態になった。

 

 

ウチの祖父母は農家だったので、

昔使っていた田植え定規というものがあって、それを使って田植えをしてみた。

ところが、これがまた使い方が難しく、真っ直ぐ進んでるつもりなのに歪んでくるし、

植えたい所に足跡で大きな穴が空いていたりして、上手くいかないものだから、

田植え定規もついには放り出し、目視で植えてみたりした。

不揃いな田植えをした後に、ヒエという雑穀が生えてくるのだが、

米の苗とそっくりで見分けが付かず、それも大事にしていたら、

近所のおっちゃんが、

「これは米ではなくてヒエだから抜かないと」

と言われ、かなり大きくなったヒエを暑い最中抜いて回る羽目になった。

それでもなんとか米を収穫する事が出来た。

昔は収穫した米を干した後、

足踏み脱穀機というもので脱穀し、唐箕で軽いものを選別し、

籾摺り機で玄米にしていた。

ウチにはそれらの古いものがあったので、やってみた。

ご飯にありつくまで大変な作業だった。

いざ初の自作の米をご飯にして食べてみた。

「ガリッ」

米の中に石が入っていた。歯が砕けるかと思った。

叔母の言うことは本当だった…。

お米の有り難みがしみじみ分かった1年目となった。

いつ石を噛んでしまうかと恐々食べたが、ご飯が美味しいと初めて感じた。

2年目、3年目は自然農で米作りを始めた。

耕さずに草を刈って、溝を掘り、苗代を作って苗を育てた。

田植えが終わった頃、田んぼに芝が生え出した。

とても強い芝で、鎌で刈るのも一苦労、芝刈りは追いつかず、

田んぼは芝で覆われた。

当然、米は分けつできず、貧弱な米が育った。

食べるどころか、種籾を取るので精一杯だった。

それでも4年目、そこで米作りを続けるつもりだった私に、

地元のおっちゃんが、

「ウチ田んぼ空いてるから、米作りたい人がおったら貸したるで」と言ってきた。

「ああそうですか、そんな人がいたら声かけます」と答えておいた。

その次の週、濁酒作りを教えてもらうため友達数名が集まった。

そのうちの一人が、米を作りたいと思っている、と言い出した。

田んぼを貸してくれるおっちゃんがいる事を伝えた。

その後、また別の友達としゃべっていたら、

「やっぱり米作らなあかんと思うねんなー」と言い出した。

なんだ今日は?と思いながら、

田んぼを貸してくれるおっちゃんがいるとまた伝えた。

あくまで他人事だった私は、

「ほな紹介するわ」と答えた。

ところが、その田んぼをみんなで見に行ったりしているうちに、

「私もやりたい」と数名の自然農女子が集まり出し、

わたしはご縁あって、その田んぼの近くに家を借りる事になったりで、

なんだかんだ言ってる間に私を含めた6人で田んぼをする事になっていた。

なんかおかしいなぁー、と思いながらも、一人でする田んぼは大変だったし、

皆でワイワイやるのも楽しそうだったので、進んでそれに巻き込まれた。

仲間とすることになったその田んぼは、1反ちょっとの山の田んぼだった。

山の田んぼは草刈りも多いし、イノシシやマムシもいて、それなりに大変だったが、仲間とする作業は一人でするよりも何倍も力が出た。

お米も無事に収穫することが出来、お米は1年分で有り余った。

余った米を使って糀を仕込んだ。

その糀を使って濁酒、味醂、味噌と様々な調味料を作り始めた。

とぎ汁や糠や藁も利用した。

お米はご飯として食べるもの、としか認識がなかったところから、

今ではお米は暮らしに必須なもの、になった。

そんな山の田んぼは今年5年目を迎える。

山の田んぼは、山からの自然の水が入り込むためか、

肥料も全くあげてないのに、立派に育ってくれる。

種を代々繋いでいるから、厳しい環境を経験したウチの米は、

少々の養分不足や日照りでも負けないのだろう。

「お前、米作れ」

と無茶振りしたじいちゃんや、私を巻き込んでくれた仲間から、

どうやらとても大切なものを頂いたようだ。

ただの白い米粒だと思っていたものが、錬金術のように様々なものが産み出されたのだ。

お米を育て、加工するまで1年を通してのお米との関わりは

体力と、ご縁がある限り続けていきたい私のライフワークである。

 

*種取不要の手抜き農法

 

種まきの季節である。

温床やハウスを使っていないウチの畑では、

気温がゆうに20度を超えてこないと野菜の種は発芽しない。

 

 

移住して初めの頃は、

早く種を蒔きたいものだから、

夏野菜の種まきを2月半ば頃から始めていた。

売っている種の袋には、温暖地なら2月から種まきが出来ると書いてあったのだ。

それを信じて種まきを始めるのだが、待てど暮らせど芽は出てこない。

発芽率が悪いのかと思い、何度も蒔きなおしたものだ。

2月に種を蒔いても芽は出てこないのだと悟ってから、

種まきは4月に入ってから蒔くようになった。

それでも4月の気温は不安定で、

なかなか芽を出さないものもある。

「待つ」ということが苦手な私は、少しでも早く、野菜を育てたい。

だから、ホームセンター等で野菜の苗を少しだけ、早めに買っておくこともある。

売っている苗はF1種といって、生育は旺盛であるものの、代々種を残せない品種である。

食べて安全なのかは不明だ。

それを食べたらすぐに不健康になるわけではないのだが、

気持ちの問題である。

「待つ」事が出来ない私は、

一応4月から順に種まきを始めるのだが、

品種によっては早く収穫したいから、種を蒔くという作業を省く。

 

 

例えばゴボウを収穫したら、

根と茎の境目から下2センチ程の所で切って、食べない茎の方を土に埋め直す。

 

すると、そこからまた根が生えてゴボウができる。

ただし、牛蒡の根は蛸足になりやすい。

ゴボウは花が咲き、種を残すと寿命がきて死んでしまうから、

春、塔立ちする前には掘って、

根は食べて茎は土に挿しておく。

これで種から育てることなく長く収穫できてしまう。

これは徳島の師匠に教わった技だ。

 

 

キャベツやブロッコリーは収穫した後、そのまま置いておくと、

太い茎から脇芽がたくさん出てくる。

 

その脇芽をポキツと折って、それを土に挿しておく。

 

すると、その脇芽は根を張り、

成長し、キャベツやブロッコリーになるのだ。

 

 

 

 

アブラナ科の野菜は種類が豊富にあって、キャベツやブロッコリーの他に小松菜、水菜、チンゲン菜、白菜、からし菜、ケール、大根、カブ…と多彩である。

これらの種も自家採種したいところなのだが、

大根以外の菜っ葉、黄色い菜の花が咲くものは交配しやすく、

種を取って蒔いても親とは違うものが出来てしまう。

だから、それらは種を取ることを諦め、固定種の種を購入する事にしている。

けれど、その中のキャベツ、ブロッコリー、カリフラワー等は

実は多年草で、

収穫した後も生きていて、しばらく放置していると脇芽を出して花を咲かせようとするのだ。

その脇芽を挿し木しておけば、またキャベツやブロッコリーになり、

収穫したらまた脇芽を挿して、と何度も何度も繰り返せるのだ。

じいちゃんが植えたキャベツの苗は、6~7年は生きていた。

苗を購入する必要もないし、苗を育てる必要もない。

交配を心配する必要もないし、種を取る必要もない。

種だけでなく、脇芽でも代々命を繋ぐことが出来るのだ。

 

 

 

全ての野菜の種を自家採種するのはとても難しい。

大根の種はスズメが食べてしまうし、

からし菜の種を明日取ろうと思って次の日に見に行ったら全部弾けてなくなってるし、

小麦は全部カラスが食べちゃってるし、

野菜そのものが上手く育たなかったりするし、

近い品種のものと交配してしまうし…

自然の中にいると、私の思い通りには行かないものだ。

自然の中で思い通りにならないことを、

思い通りにする必要はない。

そうしようと思うと農薬や科学肥料や除草剤が必要になってしまう。

だから、自然の法則に則った上で、手抜きすることをついつい考えてしまうのだ。

*春のめぐみ・イタドリ編

 

イタドリは、痛みを取るからイタドリというらしい。

痛みがないと食べてはいけないわけではないから

遠慮なく食べてほしい山菜だ。

子供の頃、山に冒険に入り、

生えているイタドリをポキポキ折っては皮をむき、

そのまま酸っぱい茎をかじったものだ。

生で食べたところで美味しいわけではないのだが、

子供には楽しい遊びの一つだった。

あの酸味はシュウ酸なので、食べ過ぎてはいけない。

見た目は特に美味しそうでもないのだが、

アク抜きして調理すると酸味が取れ、

以外とこれが旨いのだ。

もうそろそろ茎もグングン伸びて、筋が硬くなってしまうから、

若くて柔らかそうなのを見つけたら、

一度食べて見た方がいいと思う。

 

*イタドリのアク抜き

 

①生えているイタドリをUの字に曲げると、ポキっと折れる場所がある。

そこから上を使う。

②葉は取って、包丁やピーラーで皮をむく。

③大きめの鍋にたっぷりの湯を沸かす。

沸騰させず、80度くらいで火を止める。

④そこに、皮を剥いたイタドリを投入する。

1〜5分、少ししなっとし、イタドリの色が緑から黄色っぽくなるまで。

茹ですぎるとシャキッと感がなくなるので短めに。

⑤冷水に取り、1日置く。

途中水を変える。酸味がなくなるまで。

これでアク抜きが出来たので、後は好みで味付けする。

味噌や醤油で炒めると美味しい。

 

*野草・山菜を食べる知恵

今日の晩御飯のおかずは、

イタドリの野蒜醤油炒め、

蕗の炊いたん、

ウドの葉のキンピラ、

焼いた厚揚げのヨモギ味噌乗せ、を頂いた。

ご飯が進む、山菜づくし。

デトックスし過ぎだったかな?

春の野草や山菜は多彩だ。

ヨモギ、筍、野蒜、山独活、

三つ葉、イタドリ、コゴミ、たらの芽、蕗、カンゾウ

藤の花、ギシギシ、スイバ、ハコベ、セリ、ツクシ…

どれも人が食べようと思って栽培したのではなく、

勝手に生えているものばかりだ。

春は畑の野菜がなくなる季節でもあるから、

こんな自然に生えている野草や山菜はとてもありがたい。

アク抜きなどの手間はかかるけれども、

栽培するという手間はない。

 

今が旬の孟宗竹には、シロコとクロコというのがあって、

シロコはずんぐりむっくり、外皮は薄い茶色をしている。

クロコはすらっとスリムで、皮は濃い茶色である。

クロコよりもシロコのほうが身が軟らかい。

蕗はいたるところに生えているし、今頃ならあく抜きも手軽。

しかも、美味しいとくれば食べない手はない。

あく抜きに時間をかければ、夏頃まで食べれる。

野草や山菜には、それらにとてもよく似ているけれど、毒があって食べてはいけないものがある。

例えば三つ葉に似たキツネのボタンという草は毒があり、

セリもドクゼリという似たものがある。

うちの畑にもセリが生えているが、

いまだにセリなのか、ドクゼリなのか判断できず、

食べれていない。

自然に生えているものなだけに、

確信をもって収穫する必要がある。

野草や山菜は宿根草であったり、球根であったりするから、

毎年同じ所から生えてくる。

何処から何が生えてくるかは、

何年か見ていれば分かるようになってくる。

野草や山菜はパワーが強いから、沢山食べる必要はない。

食べきれない程の量を取って処分してしまうことになったり、次の年から出なくなってしまった、なんてこともある。

都会に住んでいると、野草や山菜を取る機会が少ないから、

ここぞとばかりに取り尽くしてしまうこともあるようだ。

来年の分や、次に取りに来る人の分を置いておくという気持ちも必要だろう。

でないと、もう生えている場所を教えてあげれない、

ということになってくる。

筍など、取り尽くしてくれた方が良いものもあるのだが…

野草や山菜を食べようと思うと、

様々な知識や経験が必要であるが、

毎年少しずつでも智慧を付けていきたいものである。

 

 

*おばぁと仏教

おばぁが92歳で死んだ時、なんでこんなに早死にしたんだと納得がいかなかった。

「なんで、死んだのか?」と私は悶々と考えていた。

 

葬式が済んで、次はだいたい49日の法事をするのが一般的な流れだが、

淡路島では49日より35日の法事の方が大切で、親戚一同集まり法事が行われる。

35日とは、死んだ人が閻魔様の所へ行く日で、

そこでおばぁは生前の善行、悪行を裁かれる。

そこで、集まった子孫達は、裁かれるおばぁのために追善供養というものをする。

追善供養とはなんだ?初めて聞いた言葉であった。

おじゅっさんは説明してくれた。

追善供養とは、死んだ人が生前犯した過ちは、子孫のために犯した過ちかもしれない。

その過ちのお蔭で、子らが生き延びているのかもしれない。

例えば昔なら、食べるものがなく、子供に食べさせるために、

食べるものを盗んだかもしれないし、人を騙したかもしれない。

だから、おばぁの過ちに私達子孫は守られていたのかもしれない。

だから、生きている私達が、この世でおばぁの代わりに善行を積んで、

おばぁの過ちを帳消しにしてもらおうという魂胆なのだと。

その追善供養の方法として、例えば、お墓をきれいにするとか、

仏壇のお供えを毎日するとか、般若心経を写経するとか・・

と聞いた私は、「そうか、写経をしてみよう・・」と考えた。

私は少しだけ書道を習っていたことがあったのと、

何よりもおばぁは信心深い人で、毎朝毎晩お仏壇に般若心経を唱えていた。

だから、写経を始めることにした。

ところがこの写経が面白くない。

小筆は苦手でへたくそだし、筆の用意はめんどくさいし、肩は凝るし、

漢字は読めないし、短いお経なのに覚えられないし、

短気な私はイライラしてくるばかりだ。

それでも何枚か書いたあと、ふと思った。

「そうか、意味が分からへんから面白くないんや。」

すぐ本屋へ行った。ひろさちやの“般若心経88講”という本を買って帰った。

面白かった。あの意味不明な文章にはちゃんと意味があった。

何度も読み返した。

すると今度は、「仏教て、何や?」と思った。

確か、学校の授業でも勉強しているはずだったが、全然覚えていなかった。

だから、仏教とは何なのか、ちゃんと分かっていなかったのだ。

また本屋へ走った。

今度は“仏教入門”と“宗派が分かる本”という初歩的な2冊を買って帰った。

あらかたの仏教の事が分かってくると、

次は、空海や親鸞、日蓮、道元、法然、最澄などの事が知りたくなったので、

また本屋へ走った。

そうやって私は仏教の面白さにのめり込んでいった。

仏教には、大乗仏教と小乗仏教がある。

小乗仏教は、出家主義で、自身が悟り、仏になろうと修行する人々の事だ。

大乗仏教は私達のように出家せずとも、普通に日常生活を送っているだけでも修行であって、皆で一緒に悟り仏になろうとする人々のことだ。

 

小乗仏教は戒律といって、してはいけない決まり事がたくさんある。

盗んではいけない、ウソをついてはいけない、他者を殺めてはいけない・・などだ。

そして、八正道といって、正しく見て、感じて、行動して・・と正しく生きることを求められる。

対して大乗仏教の考え方は、小乗のそれとは違っていて、

例えばウソをついてはいけないという戒律については、

人間というのはウソをついてしまう弱い心の持ち主で、どうしてもウソをついてしまう存在だ。

自分がウソをついてしまうことだってあるだろう。

だから、ウソをついてしまうことが悪い事だと相手を裁くのではなく、

ウソをついてしまった相手を許しなさい、と言う。

他者を殺めたり、だましたりすることも同じで、

自分が加害者になるという境遇に置かれなかったことに感謝しなさい、と言うのだ。

何とも優しいではないか。

人は正しく生きる事なんてできない存在なのだ。

それは人間に与えられた自我のせいだろう。

それは全ての人に与えられていて、人として生きている限り取り除くことなんてできない。その自我は必要があって与えられたのだろう。

人の弱さを知るためかもしれないし、許す心を知るためかもしれない。

人の苦しみを知るためなのかもしれない。

人間関係の中で、相手の悪いところと自身の悪いところがぶつかり合う。

そこから許す事や、苦しみを知っていく。

許し合うことをし続けていたら、今度は相手の良い部分と、

自身の良い部分が相乗効果でお互い高め合えるようになるのかもしれない。

そんな仏教を知ってから、私の心にも変化が見え始めた。

私は若いころ、他者にずっと怒っていた。

たぶん自分にも怒っていたのだろう。

心の中に、いつも火種があって、小さなきっかけでいつでも爆発させることが出来た。

顔は般若のようで、怒っているつもりでなくても、人から

「怒ってんの?」と聞かれることもあった。

どんな顔をしていたのだろう・・。

そんな火種が少しづつ、小さくなっていくのを感じた。

数年前に入社した会社の上司は、瞬間湯沸かし器のように怒る人で、

その怒りの矛先に私がいた。

こてんぱんにやられた。

こんな上司と一緒に仕事なんてできないと、3か月で辞めると言った。

しかし会社は辞めさせてはくれなかった。結局、この上司とは3年間一緒に仕事した。

ある時、ふと気が付いてしまった。

この怒っている上司の姿は、過去の私の姿ではないか、と。

怒りはこんなにも醜いのか、と恥ずかしくなった。

怒りを向けられた相手だけでなく、そばにいる人にまで気分の悪い思いをさせる。

空気も濁って息も吸えないほどだ。その上司は一度だけ本音を吐いた。

「私、しんどい」と。

怒っている本人が一番しんどいのだ。

私も怒っていたので気持ちは十分分かった。

その上司のお蔭で、私の火種がまた少し鎮火していった。

おばぁは、ただ死んだだけだった。「なぜ、死んだ?」のではなく、ただ命が尽きたから死んだだけだ。

仏教は、おばぁから私への置き土産だったのだろう。

未だに怒ってしまう事も多々あるし、許す事も出来ていない。

一番出来の悪い孫だから、仏教でも勉強して精進しろ!と聞こえてきそうである。

 

*春の恵み  筍・ノビル・ウド編

*筍

今年は暖かくなるのが早かったから、筍が出てくるのも去年より早かったように思う。

孟宗竹が山を占領するようになって、何処もかしこも竹だらけ。

筍は有り余るほど出てくるから、こんな時だけはイノシシよ、頑張って掘るのだ!と応援したくなってしまうのだが、猪が食べるのはまだ筍が地上に出る前の小さなものだけで、大きくなったものは食べずに掘り返しほったらかしにしている。贅沢な奴め。

筍を掘り出したなら、なるべく早くアク抜きをする。

時間が経てば経つほどアクは強くなる。

 

*筍のアク抜き

①筍の先端を切り落とし、皮の横に切り目を入れる。

たくさんの筍を茹でる時は鍋に入りきらないから、うちでは皮は全部剥いでから茹でている。それでも大丈夫。

②米糠を一握りとたっぷりの水で1時間ほど筍が柔らかくなるまで強火で茹でる。

③竹串を挿して芯まで火が通ったら、鍋のまま冷めるまで放っておく。

あとは皮を剥いで、使い切るまでは水につけておけばいい。

米糠が手に入らない場合は、米のとぎ汁や生米をそのまま少し入れればいい。

糠やとぎ汁に含まれるたんぱく質がアクの成分を水溶性にして溶け出させてくれ、米糠の酵素が筍の繊維を軟らかくしてくれる。

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孟宗竹の筍は、春、4〜5月頃までなので、

その間は筍料理のオンパレードである。

レパートリーが沢山あればいいが、毎日では飽きてくる。

だから、少しでも長く楽しめるようにと保存することを考える。

水煮にしたものを脱気して瓶詰めにしたり、塩漬けにしておいたり、

薄くスライスして乾燥させたり。

乾燥させたものは、炒め物にするなら水で戻してから使い、

煮物や汁物に入れるならそのまま投入すればいい。

冷蔵庫の食材が寂しい時に重宝してくれる保存食となる。

生の物とは違った、コリコリとした食感を楽しめる。

 

塩付けは、筍の重量の10%塩分なら乳酸発酵するし、

30%塩分なら発酵しない保存食となる。

乳酸発酵したものは酸味と旨みが増す。

どちらも塩分濃度が高いので、塩抜きしてから使用する。

 

*脱気の方法

①保存瓶の90~95%量で中身を詰め、軽く蓋を閉める。

②瓶を鍋に入れ、瓶の高さの半分以上上になるように鍋に水を入れる。

③弱火で沸騰させてから10~15分火にかける。

④瓶を鍋から取り出し、蓋を一瞬緩めて膨張した中の空気を外に出す。

⑤すぐに蓋をきつく閉める。

⑥瓶全体の殺菌をするため、瓶が浸かるくらいのお湯にいれて20分沸かす。

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脱気した筍を正月に開けたが、全く問題なくいただけた。

しっかり脱気出来たものは瓶の蓋が開かない場合がある。

その時は瓶の蓋に釘などで穴を開ければ簡単に開く。

これで、年中筍を頂ける。

 

こちらは少し天日で干してから味噌などに漬けた漬物。

 

右から①筍の味噌漬け(みそと味醂粕)

②筍の塩糀漬け

③筍の味噌漬け(みそと豆乳ヨーグルト)

④筍の醤油カス漬け

 

ご飯のお供にはピッタリであるが、どれも少し塩っぱいから

お酒のアテにもなりそうだ。

ウチにしか無いものもあるので、

ご家庭にあるもので漬けてみよう。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は IMG_1003-700x933.jpg です

こちらは5月からの真竹。

 

*ノビル

ノビルは私の大好物である。

好きすぎて、わざわざ畑に植えているくらいだ。

 

ノビルを植えている所を隣の田んぼのおっちゃんに見つかり、

「そんなもん植えてどないすんねん」

と突っ込まれた時は少し恥ずかしかったが、

それくらい好きなのだ。

春になると、ノビルが芽を出してくる。ノビルが塔立ち(花が咲く前)するまで楽しめる。

茎の太いモノを探しては掘り、

ドレッシングにしたり、醤油漬けにしたり、

塩漬けにしたりして楽しむ。

玉ねぎとラッキョをミックスしたような球根は、少しピリッとしていて美味しいのものだ。

塩漬けはノビルの重量の2~3%塩分で漬けておき、使う時にみじん切りにしてチャーハンや炒め物のアクセントになる。

ただ、これは発酵してくるので瓶の蓋はゆるく締めておいた方がいいし、

早めに使用することをお勧めする。暖かい季節なら冷蔵庫で保管したほうが安全かも。

葉の部分も食べれるのだが、私は残念ながらネギが苦手で、

ノビルの葉も食べれない。

なのでいつも球根だけを頂いている。

ノビルの葉はネギのように使える。

ノビルは使いやすい野草なので、

アレンジは簡単に出来る。色々と試してみよう。

ノビルが生えているのを見つけたら、

だいたい密集して生えているので、その中から茎が太いモノを選ぶ。

間違って、細く小さいものを掘り起こしたならば、

そのまま土に戻してあげよう。

球根が太っていないものは、処理も大変だし、めんどくさくなってしまう。

めんどくさくなると、また次に食べようというモチベーションも下がる。

茎の太いモノを見つけたら、

その下の球根を傷つけないように気をつけて掘る。

意外に深く潜っていたり、曲がって生えているものもあるので気をつけよう。

そして、掘りあげたら、

こんな風に赤ちゃんを抱っこしているものがいる。

この季節はこうやって子供が出来てくるのだ。

まだお母さんに抱かれたものや、

お母さんから離れようとしているものもいるので、

お母さんを掘りあげたら、この子供を離して土に返してあげよう。

またそこで大きくなり、

来年、再来年と収穫できる。

野草や山菜を頂くときのマナーと同じである。

ノビルの中華ドレッシング

ノビルを好みの細かさに切って、醤油とごま油とか、

好みでお酢を入れたり。。

ノビルのジンジャーレモンドレッシング

生姜の摩り下ろしとレモン果汁、好みのオイルに塩胡椒など、好みの物で簡単に作れる。

作り置きしておくと、サラダに、炒め物に、さっとかけて使えるので重宝する。

 

 

*山ウド

先日初めて、念願のウドを頂いた。

ウドが美味しいからと、ウドの株をもらい、山に植えたことがあるのだが、知らない間に枯れてしまった。

何処かに生えているはずだと探すのだが見つけられなかった。

巷で見かけるウドは、白く太く長い。

あれは暗い所でわざと軟白させているのだそうで、

山に自然に生えているウドは山独活(やまうど)と言って、

ちゃんと緑色をしているのだ。

軟白させたウドよりも、

この緑の山独活の方が風味が豊かであるらしい。

比べてみたことがないから分からないのだか、

この山独活の旨さには驚いた。

初めて食べるのに懐かしい、クセになる旨さである。

なんともいえない香りがいいし、歯ごたえもいい。

これは探してでも食べた方がいい。

見つけたら、株元から切り、また土をかけておけばまた出てくる。

株を殺してしまわないように気をつけよう。

ウドは全て食べられる。

・太い茎、

・細い茎、

・穂先、

・開いた葉、

・太い茎の皮

と5種類にわけられる。

太い茎は厚めに皮を剥く。剥いだ皮は繊維が強いので、繊維を切るように斜めにカットし炒めるといいらしい。

私はこれを知らなかったので、そのままてんぷらにしたが、

繊維が口の中に残り食べれなかった・・。

穂先以外を酢水に15分程漬けてアク抜きができる。

あとは天ぷらでも、炒め物でも、

酢味噌をつけたりして頂く。

特に穂先の天ぷらは絶品だった。

何処かで見つけたら是非頂いてみよう。