*おばぁと仏教

おばぁが92歳で死んだ時、なんでこんなに早死にしたんだと納得がいかなかった。

「なんで、死んだのか?」と私は悶々と考えていた。

 

葬式が済んで、次はだいたい49日の法事をするのが一般的な流れだが、

淡路島では49日より35日の法事の方が大切で、親戚一同集まり法事が行われる。

35日とは、死んだ人が閻魔様の所へ行く日で、

そこでおばぁは生前の善行、悪行を裁かれる。

そこで、集まった子孫達は、裁かれるおばぁのために追善供養というものをする。

追善供養とはなんだ?初めて聞いた言葉であった。

おじゅっさんは説明してくれた。

追善供養とは、死んだ人が生前犯した過ちは、子孫のために犯した過ちかもしれない。

その過ちのお蔭で、子らが生き延びているのかもしれない。

例えば昔なら、食べるものがなく、子供に食べさせるために、

食べるものを盗んだかもしれないし、人を騙したかもしれない。

だから、おばぁの過ちに私達子孫は守られていたのかもしれない。

だから、生きている私達が、この世でおばぁの代わりに善行を積んで、

おばぁの過ちを帳消しにしてもらおうという魂胆なのだと。

その追善供養の方法として、例えば、お墓をきれいにするとか、

仏壇のお供えを毎日するとか、般若心経を写経するとか・・

と聞いた私は、「そうか、写経をしてみよう・・」と考えた。

私は少しだけ書道を習っていたことがあったのと、

何よりもおばぁは信心深い人で、毎朝毎晩お仏壇に般若心経を唱えていた。

だから、写経を始めることにした。

ところがこの写経が面白くない。

小筆は苦手でへたくそだし、筆の用意はめんどくさいし、肩は凝るし、

漢字は読めないし、短いお経なのに覚えられないし、

短気な私はイライラしてくるばかりだ。

それでも何枚か書いたあと、ふと思った。

「そうか、意味が分からへんから面白くないんや。」

すぐ本屋へ行った。ひろさちやの“般若心経88講”という本を買って帰った。

面白かった。あの意味不明な文章にはちゃんと意味があった。

何度も読み返した。

すると今度は、「仏教て、何や?」と思った。

確か、学校の授業でも勉強しているはずだったが、全然覚えていなかった。

だから、仏教とは何なのか、ちゃんと分かっていなかったのだ。

また本屋へ走った。

今度は“仏教入門”と“宗派が分かる本”という初歩的な2冊を買って帰った。

あらかたの仏教の事が分かってくると、

次は、空海や親鸞、日蓮、道元、法然、最澄などの事が知りたくなったので、

また本屋へ走った。

そうやって私は仏教の面白さにのめり込んでいった。

仏教には、大乗仏教と小乗仏教がある。

小乗仏教は、出家主義で、自身が悟り、仏になろうと修行する人々の事だ。

大乗仏教は私達のように出家せずとも、普通に日常生活を送っているだけでも修行であって、皆で一緒に悟り仏になろうとする人々のことだ。

 

小乗仏教は戒律といって、してはいけない決まり事がたくさんある。

盗んではいけない、ウソをついてはいけない、他者を殺めてはいけない・・などだ。

そして、八正道といって、正しく見て、感じて、行動して・・と正しく生きることを求められる。

対して大乗仏教の考え方は、小乗のそれとは違っていて、

例えばウソをついてはいけないという戒律については、

人間というのはウソをついてしまう弱い心の持ち主で、どうしてもウソをついてしまう存在だ。

自分がウソをついてしまうことだってあるだろう。

だから、ウソをついてしまうことが悪い事だと相手を裁くのではなく、

ウソをついてしまった相手を許しなさい、と言う。

他者を殺めたり、だましたりすることも同じで、

自分が加害者になるという境遇に置かれなかったことに感謝しなさい、と言うのだ。

何とも優しいではないか。

人は正しく生きる事なんてできない存在なのだ。

それは人間に与えられた自我のせいだろう。

それは全ての人に与えられていて、人として生きている限り取り除くことなんてできない。その自我は必要があって与えられたのだろう。

人の弱さを知るためかもしれないし、許す心を知るためかもしれない。

人の苦しみを知るためなのかもしれない。

人間関係の中で、相手の悪いところと自身の悪いところがぶつかり合う。

そこから許す事や、苦しみを知っていく。

許し合うことをし続けていたら、今度は相手の良い部分と、

自身の良い部分が相乗効果でお互い高め合えるようになるのかもしれない。

そんな仏教を知ってから、私の心にも変化が見え始めた。

私は若いころ、他者にずっと怒っていた。

たぶん自分にも怒っていたのだろう。

心の中に、いつも火種があって、小さなきっかけでいつでも爆発させることが出来た。

顔は般若のようで、怒っているつもりでなくても、人から

「怒ってんの?」と聞かれることもあった。

どんな顔をしていたのだろう・・。

そんな火種が少しづつ、小さくなっていくのを感じた。

数年前に入社した会社の上司は、瞬間湯沸かし器のように怒る人で、

その怒りの矛先に私がいた。

こてんぱんにやられた。

こんな上司と一緒に仕事なんてできないと、3か月で辞めると言った。

しかし会社は辞めさせてはくれなかった。結局、この上司とは3年間一緒に仕事した。

ある時、ふと気が付いてしまった。

この怒っている上司の姿は、過去の私の姿ではないか、と。

怒りはこんなにも醜いのか、と恥ずかしくなった。

怒りを向けられた相手だけでなく、そばにいる人にまで気分の悪い思いをさせる。

空気も濁って息も吸えないほどだ。その上司は一度だけ本音を吐いた。

「私、しんどい」と。

怒っている本人が一番しんどいのだ。

私も怒っていたので気持ちは十分分かった。

その上司のお蔭で、私の火種がまた少し鎮火していった。

おばぁは、ただ死んだだけだった。「なぜ、死んだ?」のではなく、ただ命が尽きたから死んだだけだ。

仏教は、おばぁから私への置き土産だったのだろう。

未だに怒ってしまう事も多々あるし、許す事も出来ていない。

一番出来の悪い孫だから、仏教でも勉強して精進しろ!と聞こえてきそうである。

 

*春の恵み  筍・ノビル・ウド編

*筍

今年は暖かくなるのが早かったから、筍が出てくるのも去年より早かったように思う。

孟宗竹が山を占領するようになって、何処もかしこも竹だらけ。

筍は有り余るほど出てくるから、こんな時だけはイノシシよ、頑張って掘るのだ!と応援したくなってしまうのだが、猪が食べるのはまだ筍が地上に出る前の小さなものだけで、大きくなったものは食べずに掘り返しほったらかしにしている。贅沢な奴め。

筍を掘り出したなら、なるべく早くアク抜きをする。

時間が経てば経つほどアクは強くなる。

 

*筍のアク抜き

①筍の先端を切り落とし、皮の横に切り目を入れる。

たくさんの筍を茹でる時は鍋に入りきらないから、うちでは皮は全部剥いでから茹でている。それでも大丈夫。

②米糠を一握りとたっぷりの水で1時間ほど筍が柔らかくなるまで強火で茹でる。

③竹串を挿して芯まで火が通ったら、鍋のまま冷めるまで放っておく。

あとは皮を剥いで、使い切るまでは水につけておけばいい。

米糠が手に入らない場合は、米のとぎ汁や生米をそのまま少し入れればいい。

糠やとぎ汁に含まれるたんぱく質がアクの成分を水溶性にして溶け出させてくれ、米糠の酵素が筍の繊維を軟らかくしてくれる。

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孟宗竹の筍は、春、4〜5月頃までなので、

その間は筍料理のオンパレードである。

レパートリーが沢山あればいいが、毎日では飽きてくる。

だから、少しでも長く楽しめるようにと保存することを考える。

水煮にしたものを脱気して瓶詰めにしたり、塩漬けにしておいたり、

薄くスライスして乾燥させたり。

乾燥させたものは、炒め物にするなら水で戻してから使い、

煮物や汁物に入れるならそのまま投入すればいい。

冷蔵庫の食材が寂しい時に重宝してくれる保存食となる。

生の物とは違った、コリコリとした食感を楽しめる。

 

塩付けは、筍の重量の10%塩分なら乳酸発酵するし、

30%塩分なら発酵しない保存食となる。

乳酸発酵したものは酸味と旨みが増す。

どちらも塩分濃度が高いので、塩抜きしてから使用する。

 

*脱気の方法

①保存瓶の90~95%量で中身を詰め、軽く蓋を閉める。

②瓶を鍋に入れ、瓶の高さの半分以上上になるように鍋に水を入れる。

③弱火で沸騰させてから10~15分火にかける。

④瓶を鍋から取り出し、蓋を一瞬緩めて膨張した中の空気を外に出す。

⑤すぐに蓋をきつく閉める。

⑥瓶全体の殺菌をするため、瓶が浸かるくらいのお湯にいれて20分沸かす。

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脱気した筍を正月に開けたが、全く問題なくいただけた。

しっかり脱気出来たものは瓶の蓋が開かない場合がある。

その時は瓶の蓋に釘などで穴を開ければ簡単に開く。

これで、年中筍を頂ける。

 

こちらは少し天日で干してから味噌などに漬けた漬物。

 

右から①筍の味噌漬け(みそと味醂粕)

②筍の塩糀漬け

③筍の味噌漬け(みそと豆乳ヨーグルト)

④筍の醤油カス漬け

 

ご飯のお供にはピッタリであるが、どれも少し塩っぱいから

お酒のアテにもなりそうだ。

ウチにしか無いものもあるので、

ご家庭にあるもので漬けてみよう。

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こちらは5月からの真竹。

 

*ノビル

ノビルは私の大好物である。

好きすぎて、わざわざ畑に植えているくらいだ。

 

ノビルを植えている所を隣の田んぼのおっちゃんに見つかり、

「そんなもん植えてどないすんねん」

と突っ込まれた時は少し恥ずかしかったが、

それくらい好きなのだ。

春になると、ノビルが芽を出してくる。ノビルが塔立ち(花が咲く前)するまで楽しめる。

茎の太いモノを探しては掘り、

ドレッシングにしたり、醤油漬けにしたり、

塩漬けにしたりして楽しむ。

玉ねぎとラッキョをミックスしたような球根は、少しピリッとしていて美味しいのものだ。

塩漬けはノビルの重量の2~3%塩分で漬けておき、使う時にみじん切りにしてチャーハンや炒め物のアクセントになる。

ただ、これは発酵してくるので瓶の蓋はゆるく締めておいた方がいいし、

早めに使用することをお勧めする。暖かい季節なら冷蔵庫で保管したほうが安全かも。

葉の部分も食べれるのだが、私は残念ながらネギが苦手で、

ノビルの葉も食べれない。

なのでいつも球根だけを頂いている。

ノビルの葉はネギのように使える。

ノビルは使いやすい野草なので、

アレンジは簡単に出来る。色々と試してみよう。

ノビルが生えているのを見つけたら、

だいたい密集して生えているので、その中から茎が太いモノを選ぶ。

間違って、細く小さいものを掘り起こしたならば、

そのまま土に戻してあげよう。

球根が太っていないものは、処理も大変だし、めんどくさくなってしまう。

めんどくさくなると、また次に食べようというモチベーションも下がる。

茎の太いモノを見つけたら、

その下の球根を傷つけないように気をつけて掘る。

意外に深く潜っていたり、曲がって生えているものもあるので気をつけよう。

そして、掘りあげたら、

こんな風に赤ちゃんを抱っこしているものがいる。

この季節はこうやって子供が出来てくるのだ。

まだお母さんに抱かれたものや、

お母さんから離れようとしているものもいるので、

お母さんを掘りあげたら、この子供を離して土に返してあげよう。

またそこで大きくなり、

来年、再来年と収穫できる。

野草や山菜を頂くときのマナーと同じである。

ノビルの中華ドレッシング

ノビルを好みの細かさに切って、醤油とごま油とか、

好みでお酢を入れたり。。

ノビルのジンジャーレモンドレッシング

生姜の摩り下ろしとレモン果汁、好みのオイルに塩胡椒など、好みの物で簡単に作れる。

作り置きしておくと、サラダに、炒め物に、さっとかけて使えるので重宝する。

 

 

*山ウド

先日初めて、念願のウドを頂いた。

ウドが美味しいからと、ウドの株をもらい、山に植えたことがあるのだが、知らない間に枯れてしまった。

何処かに生えているはずだと探すのだが見つけられなかった。

巷で見かけるウドは、白く太く長い。

あれは暗い所でわざと軟白させているのだそうで、

山に自然に生えているウドは山独活(やまうど)と言って、

ちゃんと緑色をしているのだ。

軟白させたウドよりも、

この緑の山独活の方が風味が豊かであるらしい。

比べてみたことがないから分からないのだか、

この山独活の旨さには驚いた。

初めて食べるのに懐かしい、クセになる旨さである。

なんともいえない香りがいいし、歯ごたえもいい。

これは探してでも食べた方がいい。

見つけたら、株元から切り、また土をかけておけばまた出てくる。

株を殺してしまわないように気をつけよう。

ウドは全て食べられる。

・太い茎、

・細い茎、

・穂先、

・開いた葉、

・太い茎の皮

と5種類にわけられる。

太い茎は厚めに皮を剥く。剥いだ皮は繊維が強いので、繊維を切るように斜めにカットし炒めるといいらしい。

私はこれを知らなかったので、そのままてんぷらにしたが、

繊維が口の中に残り食べれなかった・・。

穂先以外を酢水に15分程漬けてアク抜きができる。

あとは天ぷらでも、炒め物でも、

酢味噌をつけたりして頂く。

特に穂先の天ぷらは絶品だった。

何処かで見つけたら是非頂いてみよう。

 

*洗剤

ホームセンターに行くと、沢山の種類の洗剤が並べられているけれど、

その光景をみるといつも、

この洗剤類が全て海に流れる事を想像してゾッとする。

そんなに沢山の洗剤が、日常的に本当に必要なんだろうか・・?

そんなことをなんとなく考えては、必要でなさそうなものは止め、

それでもやっぱり洗剤が必要な場面では何も考えずに使っていた。

けれど、お米を育てるようになってから、お米の副産物の米糠や、米のとぎ汁に洗浄効果があることを知り、

それらを使い始めたら、どんどん洗剤類が必要なくなってきた。

お米の凄さを語りだしたらきりがないから、別のページに譲るとして、

私が洗剤をやめたきっかけや、方法を記すことにする。

 

*入浴洗剤

お風呂に入ったら、大概の人が毎回体を石鹸で洗い(最近はボディーソープだろうか)、

頭をシャンプーし、リンスやトリートメントをつけ、顔は洗顔するのが、

世間の常識というものだろうか。

私も毎日そうやって、体の清潔を保つのが当たり前だ、と考えもせず習慣化していた。

半年程前だろうか、シャンプーがなくなったので、新しいシャンプーを購入した。

特にメーカーは決めていないので、その時に売っている物の中から選んでいた。

ところが、その時購入したシャンプーで頭を洗うと、髪の毛がバシバシになった。

リンスやトリートメントはもう何年も前から使っていなかったので、

バシバシになった髪の毛をどうする事も出来ず、

これは使えないと別のシャンプーを買いに走った。ところがまた、そのシャンプーで髪の毛を洗っても、

またバシバシになるのだ。洗浄力があがっているのだろうか?

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また買い直しに行くのもめんどうになり、そこで初めて
「シャンプーって作られへんの?」と考えた。

ネットで検索してみると、手作りシャンプーの作り方が出てきたけれど、どれも聞いた事のないカタカナの液体を入れている。

なんとなく作る気にならず、

しまいには「シャンプーって必要あんの?」になった。
で、湯シャンを試してみることにした。

お湯だけで、髪の毛を洗う方法だ。

2日くらいはよかった。

その後からやはり、頭皮よりも髪の毛自体が油ぎってベタベタしてきた。
やっぱりシャンプーいるのか?

と思ったものの、頭皮は特に痒みもなく、気持ち悪くもない。

私はいつも夏になると頭が痒くてたまらなくなる。

搔きむしることもあり、田畑の仕事で汗をよくかくため、汗のせいだと思っていた。

だから今までは頭皮を頑張ってシャンプーしていたのだが、湯シャンにしてから頭皮が不思議と痒くない。

なんだこれは?

頭の痒みは汗ではなかったのではないか?と初めて疑った。

むしろシャンプーでゴシゴシし過ぎて乾燥していたか、頭皮が痛んでいたのかもしれない。

だったら髪の毛の油だけ取ってあげればいい。

頭皮はお湯だけでごしごしとしっかり洗って、さっぱりしたところで、

ほんの少しのシャンプーを髪の毛だけにつけてサッと洗うことにした。

泡立てる必要はない。サラーっと流す程度である。

その後も頭皮の痒みは消えてなくなり、髪の毛自体もちょうどよくなった。

なんだ、シャンプーなんて、ほとんどいらなかったんだ・・。

シャンプーがいらないということは、リンスやトリートメントも必然といらなくなる。

その後も、ほんの少しのシャンプーで、髪の毛自体の油分だけを取る、という方法で痒みもなく、要らないものを買う必要もなくなった。

 

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冬になると、ここ2年程前から脛が痒くなる。

歳のせいか乾燥肌になり、特に冬は乾燥するし、

その上石鹸で体を洗うと皮脂がなくなり、痒みが出たのだ。

風呂から上がったら、脛にヨモギオイルを塗った。

油落としたのに、油塗るって…

「石鹸いんの?」

食器を洗う時にはアクリルたわしを使っているので、体用のアクリルたわしを作り、

石鹸を使わずシャワーしながら、それで体をゴシゴシしてみた。

しばらく続けてみたが、特に体が臭くなるわけでもないし、

油っぽくなるでもないし、痒くもならない。

脛の痒みも治まった。

よほど汗をかいて汚れているようなら、浴槽の湯に重曹を溶かしておいて浸かれば、体の汚れも浮き立たせてくれるから、その後さっとシャワーで流せば汚れも臭いも取れてすっきりする。

じゃあ洗顔も…ということで、顔用のアクリルたわしを作ってシャワーで流しながら顔を洗ってみた。

小鼻とおでこは油っぽく感じたが、アクリルたわしでこするとさっぱりした。

 

入浴時にあれだけ洗剤類を使っていたのに、今ではほんの一滴のシャンプーだけで良くなった。

江戸時代の人たちは、銭湯が好きで毎日通うけれども、洗髪は1〜2ヶ月に1回だったという。

あの長い髪の毛を洗うのは大変だし、水もたくさん使うため、銭湯では洗髪禁止だったらしい。

そして、シャンプーの代わりは米糠だったという。

米糠を晒しに包んでお湯でもみもみし、それで髪の毛も体も洗っていたそうな。

高い化粧水をつけるよりつるつるのお肌だったことだろう。

 

*洗濯

お米を育てるようになってから、お米の副産物も利用するようになってきて、米のとぎ汁を捨てるのももったいなくなり、

友人から教えてもらった米のとぎ汁乳酸発酵液を作りだした。

 

夏場は発酵が進みやすく、少しにおいがきつくなることもあるが、

そんなにひどい油汚れがあるわけでもないし、洗濯洗剤の代わりに十分使える。

 

お米のとぎ汁発酵液の作り方

材料:米のとぎ汁・砂糖大さじ1・塩少々 ペットボトル1・5~2ℓ程度

①お米を研いだ3回目の汁を砂糖と塩と共にペットボトルに入れる。

砂糖は乳酸発酵のためのエサ、塩はおまじない。

米のとぎ汁1回目は汚れが多く、2回目は雑菌が多い。

3回目が液の色は薄いけれど、乳酸菌が多くなる。

②乳酸菌は20度程度の温度が必要なので、冬場は暖かいところへ、夏場は涼しいところへ置いておく。

③酸味のある匂いがしたらできあがり。

乳酸菌が出す酵素と米糠の酵素で洗濯物の汚れを落としてもらうのだ。

洗濯用洗剤にも酵素が含まれているから原理は同じだ。

あとは、重曹やクエン酸などを使えば洗剤は要らない。

重曹

重曹は弱アルカリ性のため、酸性の汚れや臭いを取ることができる。

油汚れやたんぱく質の汚れには重曹を使う。

水に溶けにくい性質があるので、クレンザーのように使ったり、

あらかじめ水500mlに小2の重曹をよく溶かしてスプレー容器に入れておくと使いやすい。

洗濯や入浴、掃除などに使える。

クエン酸

クエン酸は酸性のため、アルカリ性の汚れを落とすのに使用する。

水道水のカルシウムやトイレの黄ばみ、タバコのヤニや臭い消しなど、

消臭、殺菌効果があり、掃除に活躍してくれる。

こちらも水500mlに小2のクエン酸でスプレーボトルを用意しておくといつでも使えて便利である。

 

*食器洗い

現代の日本人の食生活は昔とはすっかりかわり、肉魚を毎日食べ、野菜や米はほんの少し。

食器には調味料やドレッシングの汁がたんと残り、おいしいものから食べたいから、油にまみれた野菜がお皿に残ってゴミになる、ということもある。

 

昔の食事は一汁一菜で、ご飯がメインのご馳走、お味噌汁に少しの野菜、

食べた後の食器にはお茶を注いで洗うようにして飲み干し、

食器に少しの食べかすも残さずきれいに食べた。

だから昔は食器を洗う洗剤なんて必要なかった。

多少の油汚れもあっただろうが、これもお米のとぎ汁で洗える程度だっただろう。

 

食器の油汚れの落とし方

・軽い油汚れなら、米のとぎ汁で洗えば落ちる。フライパンの油汚れなら、とぎ汁をフライパンに入れて少し放置してから洗えばよい。

上記洗濯用の乳酸発酵水なら、ガスコンロの頑固な油汚れもつけておいたらきれいになる。

・使えなくなった小麦粉があるなら、これも油汚れに使える。

小麦粉は油を吸着するので、粉を振りかけてこすってみよう。

・お湯とアクリルたわしでこする。

 

これである程度の油汚れは落ちるから、食器洗剤もほとんど要らなくなる。

うちでは米のとぎ汁がいつでも使えるように、台所のバケツにとっておくようになった。捨てるなんて、もったいないもの・・。

 

*歯磨き

歯医者が好きな人はいないだろう。

なるべく虫歯にならないようにと毎日毎食のたびに歯磨きする人もいるだろう。

私も昔は虫歯になるのが嫌だから、懸命に歯磨きをした結果、歯が磨り減ってしまい痛みが出たことがある。結局歯医者に行く羽目になった。

ここ5年ほどは歯磨き粉を辞めて、重曹水でくちゅくちゅするだけで虫歯にならず、歯の痛みも出ていない。

重曹水は300mlの水に小1程度の重曹を溶かしておき、コップにとって口の中でくちゅくちゅするだけ。

重曹はアルカリ性だから、濃いと口の中の皮膚が痛むので、薄く塩っぱいくらいでちょうどいい。

歯間ブラシがなくても、重曹が洗ってくれる。

歯の黄ばみもなくなった。

簡単だし、手を使わないから、くちゅくちゅしながら他の用事ができるのも気に入っている。

 

・・・

日常生活を送る上で、いったいどれだけの洗剤類が必要なんだろうか。

お店に行けば山のように洗剤が売られているが、そのすべてが必要なのだろうか。

 

もう何年もトイレや風呂場は洗剤なしで洗って問題ないし、

ガスコンロの油汚れも熱いうちに布巾でさっと拭き取っておけば、ひどく汚れたりはしないから、洗剤なんて使わなくてもとぎ汁で十分落とせる。

シャンプーを止めればトリートメントもいらない。

洗濯洗剤を止めれば柔軟剤も必要ない。

皮脂を落として油を塗る、ということがいらなくなる。

お店に行って買うものが減り、身軽になる。

その分のお金が必要なくなり、ごみも減る。

お店に並んだあの大量の洗剤を海に流すこともなく、

なにより、洗剤を使わないほうが体が喜ぶのではないかと思う。

体の皮膚には常在菌が沢山居て、私達の体を守ってくれている。

洗剤で洗うということは、その常在菌も殺菌されてしまう。善玉菌が

不在となった場所には悪玉菌が繁殖しやすくなる。

だから、またそこには洗剤が必要となるのだ。

洗剤に限らず、必要ないものは巷にあふれかえっている。

必要ないものが必要なように情報が流されている。

その中で、自身で何が必要で何が必要でないかを考えたり、判断するのは難しい。

けれど、やっぱりしわ寄せは必ず返って来るから、自分や子孫のためのにも考えなくちゃいけないことだと思うのだ。

 

*春の恵み・ヨモギ編

3月、気温が20度近くになってくると、

待ってましたとばかりに顔を出すヨモギ。

寒い冬の間は地上部は枯れ、いなくなったのかと思いきや、

何のことはない土の中で休養を取り、

力を蓄え、時が来るのを待っているのだ。。

同じ頃、地中から顔を出してくれるのが、

こちらのカンゾウ。

藪カンゾウや野カンゾウは山の土手や、畑の片隅に生えている。

春は新芽を食べ、夏には蕾を食べることができる。

葉はシャクシャクとした韮を束にしたような食感で食べ応えがあって、とっても美味しい、野草の中では1,2を争う私の大好物である。

茹でて味噌や酢で合えても良いし、汁物でも炒めてもよい。

畑の野菜が不足しがちな春のお助け野草なのだ。

夏の蕾はさっと茹でて、和え物がいいかな。オレンジ色で彩りも美しい。

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畑に植えておいてくれたおばあよ、ありがとう。

そうやって季節のモノを体に取り入れることで、その季節に合った体に少しづつ整えていく。

季節のモノをその季節にいただける、ということは本当に豊かだな~と思う。

と同時に、その季節のモノを、いただく知恵も必要なのだ。

・・・

ヨモギはその辺にしらっと生えている。

どれがヨモギか知っていて、どこに行けば食しても安全なヨモギが生えているか知っている、

という知恵も必要だろう。

うちは畑にヨモギがたくさん生えている。

私が子供の頃、うちのおばあはそのヨモギを軒先に干していたのを覚えている。

ヨモギ餅にしたり、風呂に入れたり、お茶にしたりと

利用していたに違いない。薬効を理解していたかどうかは定かでないが。

ヨモギが生える季節になると、鎌を握ってしめしめとヨモギを摘んでいた姿が目に浮かぶ。

が、残念なことに、その利用方法は私に伝えてはくれなかった。

今時、そんなものだ。

ヨモギを当たり前に使っていた時代は終わったのだろ。

まさか、孫の私がヨモギを欲するなんて夢にも思わなかったのだ。

ヨモギに限ったことではないが、残念がってもしょうがない。

そんなことを考えながら、ヨモギペーストを作るのだ。

*ヨモギペーストを作る

①ヨモギの新芽を両手で持てるくらい摘んでくる。

水でよく洗い、茎が硬そうなら葉の部分だけにする。

②お湯を沸かし、重曹を小さじ1ほど入れる。

③ヨモギを5分ほど茹でる。

④軟らかくなったら、水にとり、10分ほど水にさらし灰汁を抜く。

灰汁も薬効のうちなので、適当に。

⑤強い繊維があるので包丁で細かく切っておく。

⑥すり鉢であたる。

ペースト状になったものを小分けして冷凍しておけばいつでも使える。

*ヨモギ団子

またの名を、草餅、という。

和菓子の定番、あの青臭さが春の匂いで美味しいよな~

①団子粉250gに熱湯200mlを加えよくこねる。

②沸かした湯の中に、こねた団子を2つに分けて入れ、5分ほど茹でる。

③団子が浮いてきたらすり鉢に取り、ヨモギペースト50gを入れこねる。

④適当な大きさにちぎって丸める。

※塩団子にするなら④の前に塩を少々加え丸める。

餡子を入れても、そのままでも、甘く食べたいなら自作の米飴ときな粉をかけてもいいな。

*ヨモギみそ(和風)

ヨモギペースト50g

手前味噌大2 (またはにんにく味噌)

みりん大1

黒ゴマ大2 (ピーナッツや胡桃でも)

塩糀大1(なければ塩や醤油で)

ゴマ油大2

材料をすり鉢で気が済むまで、もしくは体力が続くまであたる。

フードプロセッサーを使っても、繊維が強くて回らず、

結局すり鉢の方が早かった。

にんにく味噌というのは、にんにくを味噌に漬けておいただけのもの。

にんにくの保存にもなるし、味噌ににんにくの香りもついて、調味料として使えるので、

にんにくが目を出す9月頃に作っておくと重宝する。

ヨモギ味噌はお餅に乗せたり、パンに塗って焼いても美味しい。もちろんご飯のお供にも。

*ヨモギ味噌(洋風)

ヨモギペースト

刻んだ胡桃

にんにく味噌

みりん

菜種油

適当につくったので分量は分からない。

バジルソースのヨモギ版と思ってもらって、パスタやトーストに使える。

ヨモギの効能はネットで調べればたくさん出てくる。

なにせ鉄分が豊富で食物繊維もほうれん草より多いといううわさである。

食べるだけでなく、白ゴマ油で作るヨモギオイルは皮膚トラブルには万能。

作り置きしておくと重宝する。

*ヨモギオイル

①ヨモギの新芽300~400g

よく洗って水気を切る。

②土鍋に白胡麻油500ml入れ、ヨモギをひたし、ごく弱火で30分煮る。

③熱いうちに晒しで濾す。

④瓶に入れて保存する。

皮膚の湿疹、アトピー、乾燥肌、虫刺され何でも使える。

使い道はまだまだあるであろうヨモギ。

ハーブの女王、万能ハーブと呼ばれ、

さぞかしプライドもお高いだろうと思いきや

そこら辺にしらっと生えているところは日本の謙虚な土地柄だろうか。

ただでやるから使ってくれとばかりに生えている、とってもお得な薬草である。

*否定

両親と全く違う価値観を持つ私は、よく両親から否定された。

否定されると腹が立つもので、私も両親を否定し返した。

しかし、否定とはエネルギーを使うもので、否定する方もされる方もお互いに疲れ果て、苛立ち、気分の悪いものだった。

そして何より、お互い歩み寄ることはなく、変化するどころか、

ますます対立するだけだった。

いつしか私は、価値観が違うと思われる人に対しては、自分の価値観の話をしなくなっていた。

人に理解してもらおうなんて考えなくなっていたし、違う価値観の人と口論したところで疲れるだけだと分かっていたからだ。

しかし、それも寂しいもので、時には少しポロッと本音を吐いては人の反応を伺った。

大概が否定的な反応が返ってきたのでまたそこで口を閉じる、を繰り返した。

淡路島に移ってから、同じような価値観の仲間が現れだした。

初めはそれが嬉しくて、自分の価値観の話をし始めた。

自然農の事、物作りの事、医療のことなどだろうか。

けれど、淡路島のネイティブ達の大半は全く違う価値観を持っていた。

例えば農業にしても、農薬や肥料を撒かないと野菜や米は育たない。

草は綺麗に除草しないといけない。

お前のような自然農とかで野菜が出来るわけがない、と言われた。

否定されることには慣れていたので、そうですよね~と笑ってごまかした。

ネイティブ達の価値観を否定するつもりは毛頭なかった。

慣行農家さんに囲まれながら自然農をするだけでも否定と取られるだろうが、

言葉には出さなかった。

私の祖父母は慣行農家で長年苦労してやってきた人達で、

この人達を子供の頃から尊敬していたし、農薬を使うことも、除草することも当たり前の時代を生きてきて、彼らに選択の余地はなかったはずだ。

世間の消費者は、大きくて甘くて虫食いのない、形の揃った野菜を安くで求め、

安全な物は求めなかった。ただそれに答えてきただけなのだ。

淡路島のネイティブ達はよく、「ここには何もない」と言った。

私たち移住者は、ここには資源がたくさんある、豊かな場所だと捉えていたが、ここで生まれ育った人達には何の価値もないものだった。

けれど、私達と関わることで、移住してきた若者達は、こんな物に魅力を感じるのか、と驚きながらも、私たちの価値観は少しづつネイティブ達に伝染していった。

海に山に竹林、猪、野草などは溢れ返っているし、人々も素晴らしい資源である。

ホントに豊かな島なのだという事を私たちはネイティブに伝えた。

畑や田んぼを始めた頃は、

「薬も肥料もやらんと米なんかできるかー!」とか言っていたじいさんが、

最近では「ウチのこの米は無農薬やで!」と自慢げに言い出したり、

私達の田んぼにウンカという虫が発生した時も

「お前ら薬やるの嫌やったら木酢振れ。臭いで逃げていくわ!」と農薬以外の方法をアドバイスし始めた。

除草剤を使っていた隣の田んぼのおじさんは、私がそれを嫌っていることに自分で気づき、ウチとの境目だけは除草剤を撒くのを止めてくれた。

お野菜をよく分けてくれるおじさんも、「これ、無農薬やからなー」とわざわざ一言付け足してくれる。私達がそういう物を好み、求めていることを知っているのだ。

そんな人が一人、また一人と増えだした。

私がいちいち無農薬の米や野菜が欲しいと言わなくても、ちゃんと伝わっているのだ。

そして、何よりも変化していることに気が付いた。

私達の価値観を受け入れてくれているのだ。

私達は言葉で否定したのではなく、自分の価値観のまま、自分の生活の中で行動しただけで、特別自分のしていることを説明もしていない。

だいたい年齢を重ねると、人は変化を嫌うはずなのに、ここの人達はあっさり変化を受け入れた。凄い人達だ。

私たちはネイティブに変化を求めはしなかったが、しかしそれは確実に伝わり、ネイティブ達は“自ら”変化することを選んだのだ。

相手に代わることを求めていると、頑なに変わることを拒まれていたことだろう。

時間はかかるように感じるけれど、お互いにストレスのない変わり方が良いなと思うし、こんな感じでお互いの距離を縮めながら、自然に変化していくことが結局のところ近道なのだ。

*米糀でジャムを作る

醤油麹を仕込んでいる4日間の間、

じっと麹を見ているわけにもいかないので、 作っておいた米糀でジャムをつくったり、天然酵母パンを作ったりして暇をつぶした。

天然酵母パンはまた後日として、 ジャムがなかなか上手く出来たので、作り方をレシピにした。

この季節は柑橘類やイチゴなどが出回るので、 柑橘類で作った酵素ジュースの搾りカスとイチゴの2種類作ってみた。

柑橘は皮の部分を入れたので少し苦味や酸味が強いけれど、

パウンドケーキに使ったりすれば十分美味しく頂けた。

イチゴはやっぱり大道。申し分なく美味しく出来る。

パンに塗ったり、お餅に乗せたり、もちろんケーキに入れても美味しい。

黒米もちとイチゴ糀ジャム

豆乳ヨーグルトと混ぜてシェイクにしても美味しそうだ。

甘味に敏感になり、砂糖がもともと苦手な私には丁度良い甘さなので、

甘党の人なら少し糖分を加えてもよいかもしれない。

自分好みのレシピを作ってみて。

*いちご糀ジャム

①いちごなどの果物200~400g、米糀200g イチゴを潰してよく混ぜる。 60度で12時間保温する。

②塩少々加えて、ハンドミキサーでよく混ぜる。

③弱火、または湯煎でトロミが付くまで練る。

沸騰させないように。

④熱い内にビンに詰める。

イチゴを酵素ジュースの絞りカスに代えて同様に、 他その時にある果物で作れる。

 

*年に一度の醤油仕込み

3月半ばになると、毎年醤油を仕込むという習慣ができた。

醤油仕込みを始めて4年目、 数々の失敗を経験した。

醤油麹になるばすの大量の大豆と小麦が納豆になったり、

成りくさしの麹で醤油を仕込んで 発酵も腐りもしない訳の分からない液体を作ったり…。

無駄にした大豆と小麦はもったいなかったが、なにせ教えてくれる人がいない。

この経験は避けては通れなかったと諦めるしかない。

けれど、この経験のお陰で、醤油麹を仕込むのに適しているのは

気温が15〜20度前後になってくる3月半ばから終わりにかけて(地域によって異なる)だということが分かってきて、

毎年この季節になると醤油を仕込むという習慣になった。

さて、醤油の仕込み方であるが、 特別難しいわけではない。

ただ、発酵中の3〜4日間は、いつでも品温を確認出来るよう時間を空けておく必要がある。

難しいのはそれだけだ。

発酵熱が上がるので、特に保温機などもいらない。

必要なのは、大豆と玄麦と塩と水と時間である。

*醤油麹の仕込み方

材料

・大豆2キロ    玄麦2キロ

・ 醤油麹菌15g

・水(麹の量の1.1〜1.2倍)

・塩(出来た麹の量+水分の18%)

①大豆を前日の晩に洗い15時間程度浸水させておく。

②大豆を水から茹でる。柔らかくなるまで。味噌仕込みの時ほど軟らかくなくてもよい。

③大豆を茹でている間に玄麦を炒る。麦がプクッと膨らみ、香ばしく焦げ目が付くまで。焦がさないように、弱めの中火で。

④炒った小麦を砕く。荒さはまちまちでよい。

⑤砕いた小麦が冷めてから、篩で細かいものを100g程取り、そこに麹菌をよく混ぜ込んでおく。 こうせん=麦こがし、という。いわゆる麹菌の増量材。

⑥大豆が茹で上がったら、ザルで水分を落とし、40度以下に冷ます。(麹菌は40度を超えると死滅する。)

⑦冷ました大豆と砕いた小麦をよく混ぜて、作っておいた麦こがしを全体によく混ぜる。

⑧これを15キロの米袋に移し、発酵熱が上がるまで暖かい場所(コタツの中、電気毛布、湯たんぽなど)に入れておく。      1日目、PM1:30

発酵熱は6時間~10時間後くらいから出始めるので、温度を確認し、発酵熱が上がってきたのを確認できたら保温をやめ、毛布などで包んでおく。 温め過ぎないように気をつける。

⑨一番手入れ。18時間後、大豆に白い菌が生えている。 温度確認し40度を超えたらすぐ手入れする。                 2日目AM8:00

くっついている大豆を離して酸素を供給し、手早く混ぜて温度を冷ます。扇風機や団扇で扇ぐ、など。品温が30度を下回らないように。

40度を超えると麹菌が死んでしまい、納豆菌が繁殖し始めるので注意する。

この時点で米袋から出して飯台など少し広げられる環境に移す。米袋のままだと熱がこもりすぎる。

 

 

40度を超えても、すぐに冷ますことが出来れば菌は生きているようなので、小まめに温度をチェックをし、風で冷ましたり、毛布をかけたり剥いだりして温度調節をする。4~5時間に1回は温度を確認したい。

 

⑩29時間後、二番手入れ。⑨と同様に行う。    2日目PM6:30

菌は白から黄色っぽく成長している。 この間、小まめに温度は確認するが、温度が高くて冷まそうと混ぜすぎると、菌にダメージを与えてしまう。 表面積を広げたり、扇風機をかけたりと対応する。

菌が黄色から緑に変化してくる頃から発酵熱が上がりっぱなしになってくる。

2時間に1回くらい温度チェックし、温度を冷ます対応をこまめに行う。

⑪45〜48時間後、黄色の菌が鶯色に成長してしれば出麹。

それより時間がかかっても、鶯色になるまで待つこと。

⑫出来た麹の量を測り、

・水分量を計算する。 麹量4300g×1.1〜1.2=4730〜5160㎖(5000㎖とする)

・塩分の計算をする。 麹4300g+水5000㎖=9300g の18%で塩1674g

⑬出来た麹と塩を混ぜておく。

⑭それを仕込み用の樽に入れ、水を注ぎ、よくかき混ぜる。

⑮酸素が入るように晒しなどで蓋をし、暗い場所に保管する。

⑯仕込んで3日目、1回目の天地返し

⑰以後、1週間に一度天地返しを1.5ヶ月間行う。

樽の周りに付いた液を拭き取っておく。ここからカビが生えやすくなる。

⑱塩が溶けたら日の当たる屋外の暖かい軒下などに移し、月1回天地返しを10月まで行う。

⑲梅雨時、カビが生えていないかチェックする。白カビは酸素が好きなので、表面をひっくり返し、空気を遮断すれば死滅する。あまりカビが多ければ表面を取り除く。

 

 

 

・・・

醤油麹の麹菌は塩と合わせられた瞬間に死滅する。麹菌は大豆のたんぱく質を分解する酵素を出し、その酵素の力によってたんぱく質が旨み成分のアミノ酸に分解される。醤油の旨みの素である。

仕込まれた醤油は、糠床と同じで乳酸菌による嫌気性発酵と酵母菌による好気性発酵が同時に行なわれている。

定期的に天地返しをすることで、乳酸菌と酵母菌のバランスをとっている。

18%という高塩分濃度の中でも生き残れる強い乳酸菌と酵母菌のみの世界だ。他の菌はとてもじゃないけど生きていけない過酷な世界である。

ただし、表面にはカビが生えてくる。早めに気づいてそこだけひっくり返してあげれば死滅する。

米と違って、たんぱく質の多い大豆は雑菌が好み繁殖しやすい。

麹を仕込んでいる間は、素人が下手に保温するよりも、温度を下げる事を考えてあげた方が上手くいく。

一度、4月に入ってすぐに仕込んでみたことがあるが、気温が高く、品温が上がり過ぎて、いとも簡単に納豆になってしまった。

かといって、気温が低すぎても発酵に時間がかかりすぎるので、住んでいる土地の気候を考慮して、適切な時期を見計らう必要がある。

味噌と違って醤油は失敗から学ばなければいけないことが多いから、

少々の失敗は承知の上で、「これも経験」と腹を据えて挑戦してみてほしい。

*醤油を絞る、に続く。

 

*醤油を絞る

仕込んで一年経ったら絞りの時期となる。

醤油を絞るためには、絞り袋と絞り機が必要となる。

絞り袋は少し厚めの生地で作ることが出来る。

絞り機はなんとなくで作ってみた。

なるべく無駄がないように、一滴も残さず絞りたいものだか、

これがなかなか難しい。

一度、ちゃんとした絞り機で絞る所を見せてもらった事があるが、

それは大きなもので、ジャッキを使って圧をかけ

大掛かりなものだった。

そんなものを作る腕がないからしょーがない。

単純に、箱を作って重石を乗せれるようにした。

まだまだ改良せねば。

醤油の出口もホゾでも掘って溝があればいいな。

来年までにやってみよう。

*醤油の絞り方

去年仕込んだ醤油は水分が減り、だいぶ量が減っている。

ドロリとしていて、このままでは味も濃いし、絞りにくい。

減った分の水分を足してあげる必要がある。

①たっぷりの湯を沸かす。

少しシャバシャバする位まで湯を足す。

足しすぎると薄くなってしまうので気をつけて。

②絞り袋も熱湯消毒しておく。

③絞り袋のなかに醤油を入れ,絞り機の中に寝かせ重ねていく。

上から重石を乗せて圧をかける。 数日置いておいても良い。

なるべく最後の一滴まで。

最終的には重石の石を4つ置いた。

最後の方に出てくる醤油は生醤油として頂く。

④絞った醤油の味をみて、水分か塩分を足す。

⑤火入れする。

アクを取りながら30分かけて60度まで上げ、

その後一気に88度まで温度をあげる。

88度になったら薪を出して放置。温度を下げる。

⑥温度が下がったら容器に移し、オリを沈める。

5日程経ったら上澄みを一升瓶に入れ替える。

瓶の栓は空気が出入り出来るように和紙などを丸めて詰めておく。

⑦絞った醤油はオリが入ったものから先に使う。

⑧絞りかすはぬか床のように野菜などを付けておくと美味しい漬物が出来る。

または、天日で干すか、フライパンで炒るなどし、小麦が硬いのでミキサーなどで砕きご飯の振りかけのようにしても良い。

糠床に入れても旨みになる。

絞りかすとはいえ、まだまだ旨味が残っている。

もったいなくて捨てる事なんか出来ない。

醤油にしても、スーパーで売っている安売りの醤油のようにドバドバ使う事はなくなるだろう。

そして、売っている醤油の安さに驚く事だろう。

作ってみて初めて分かる事もたくさんあるのだ。

一度経験してみてほしいものである。

 

 

*野生と化した野菜達

 

耕さない自然農をしていると、野菜の種が自然に落ち、自分で勝手に発芽し始める。

種はなるべく自家採取し、取れなかったものなどは固定種の種を購入している。

自家採取と言っても、簡単に取れるものとそうでないものがある。

大根の種など簡単にできるが、ふと気づくと鳥に全て食べられていたり、からし菜の種を取ろうと見てみると、すでに弾けてばら撒かれていたりする。

きゅうりはお腹を裂いてみると、母体の中ですでに発芽していたのには驚いた。

黄色の花が咲くアブラナ科の野菜達(小松菜、ブロッコリー、キャベツ、水菜、チンゲン菜など)は、大体が交配し合ってしまい、種を取って蒔いたところで何か分からない物が育つので、取るのを辞めた。

畑を始めた1年目は何も知らずにF1種の種を蒔いて種取りし育てた。オクラやニンジン、ズッキーニだったと思う。

オクラや人参は変化なく、もう何代も種を取り続け、今でも畑で育っているが、ズッキーニは4年目くらいに突然変化した。ある時、美味しそうなズッキーニが成ったので収穫し、トマトやナス等の夏野菜と一緒にラタトゥイユを作った。

味見して飛び上がった。苦いのだ。何とも言えない苦さでえぐい。鍋の中のたくさんのラタトゥイユは人間の食べ物ではなくなっていた。

その苦いズッキーニは強く、ぐんぐん成長してたくさんの実を付けた。もう食べられないから放っておいたら、こぼれ種で翌年も芽を出し、実を付けた。

今年は大丈夫かも、と思いかじってみたがやはりエグくて苦いズッキーニだった。本当に美味しそうで綺麗なズッキーニだったので残念でしょうがなかった。

こぼれ種で確実に発芽し実を付けるのは、ゴーヤ、小豆、大根、ツルムラサキ、人参、ゴボウ辺りだろうか。

どれも一応種を取り、畑の畝に種蒔きするのだが、必ず自身でも発芽し実を付ける。

そんな自生野菜は、自分で適期に発芽するもので、わざわざ蒔いた種よりも必ずと言っていいほど立派に育った。

小豆は7月に蒔くものだが、自生小豆は4月半ばに発芽する。こんなに早くに発芽して実を付けたら虫に食べられるんじゃないの?と思いきや、きれいでプリプリの実を入れる。私が7月に蒔いた方の小豆は虫が入り、実も小さく、あまりキレイとは言えない代物だった。

人参は4月に塔立ちし始め、ぐんぐん背が伸びて花を咲かせ、7月頃に種が出来る。そして茎は枯れて横に倒れ、隣の畝に種を落とす。勝手に移動しているのだ。

ゴボウも私が種を蒔くと発芽しないくせに、こぼれ種であちこちから発芽していた。

世話がかからない、というか呆れる程自立している。

私はいったい何なのか?

そんなに丁寧に扱わずとも、野菜たちは自力で育つことが出来ると分かってくると、種取りも、種まきも手を抜き始めた。

トマトやしし唐などは、実のまま放っておいた。すると実は朽ちて皮だけ残り、皮の中で種が乾いて残った。

熟したゴーヤも土の上で転がしておくと、実は朽ちて虫がきれいに食べ、種の周りの赤いところも乾燥して、さらに放っておくと、土の上にはきれいに種だけが残っている。それを拾い集めた。

こぼれて発芽するくらいだから、種まきも丁寧に一粒づつ蒔いて覆土して・・とやる必要があるのか?と思い。大根やゴボウの種は莢のまま、トマトも乾燥させた実のまま、軽く土を被せておいたら発芽した。

けれど、全ての野菜達がそうあるわけではなく、きちんと種を取り、蒔いて草管理をし、世話をしないと育たない物が大半である。

人が口にするために栽培され続けてきた野菜達は、人に依存するようになったのだろうか?雑草とは比べものにならない程弱いのだ。

土が固いと芽をだせないし、肥料がないと大きくなれない。雨が少し降らないと枯れてしまう・・。

それでも、毎年毎年種を取り続けていると、野菜達が少しづつ強くなっているように感じる。私の放任主義で、少し厳しい環境を経験しているからだろうか・・。

そうやって、私と共存する野菜達や私の手から離れて自立していく野菜達は頼もしく、自然の摂理を厳しく丁寧に私に教えてくれるのである。

あからめ家FB

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*妖怪になったお婆

私が淡路に来る1年前におばぁが92歳で死んだ。

92歳と言うと、大往生だと言われるが、私は納得がいかなかった。

だって、おばぁの体はどこも悪くなかったし、毎日畑に行って動き回っていたし、風呂には全く入らなかったけれど、自分の事は全部自分でしていたのだ。この人は絶対に100歳まで生きれると思っていた。

だから、92歳で早死にしてー!と納得がいかなかったのだ。

おばぁが70代の頃までは小うるさいばあさんで、子供の頃の私はあまり好きではなかった。

ところが、80を過ぎると、途端になんだか可愛く見えだした。

体もこじんまりしてきたし、あまり小言も言わなくなり、顔も歯が無いせいでクチャッと小さくなり、ちょこまか動く姿が何とも可愛らしいのだ。そんなおばぁが大好きになった。

元々介護職をしていた私は高齢者が好きだった。

特に、90を超えた年寄りは、個性の塊で、生きる強さを感じさせた。

だいたい明治、大正生まれの人達だったが、その時代を生き抜いてきたのだ、強くないわけがない。

そんな90を超えた年寄りの姿は、背中は曲がり、お腹がポコッと出て、顔や手にはシミ、シワがたくさんある。

頭は剥げて、目はくぼんで、抜けた歯のせいで顎は小さくなっていて、何も食べていないのに、いつももごもごしている。

だいたい、その人の手を見ると、その人がどんな人生を送ったのか想像できるから面白い。

そんな90を過ぎた年寄りを見ていると、いつも妖怪を想像してしまう。

昔々、70を過ぎた年寄りは姥捨て山に捨てられていた、というウソかホントか分からないような話があるが、もしそれが本当の話だとすると、妖怪って、その捨てられた年寄りが山で生き残った姿なのではないか?と思ってしまう。

山で生き延びた年寄りを見た人が、妖怪と間違えたのではないか?なんて、失礼な話であるが、私はそんな妖怪になった90過ぎの年寄りが大好きなのだ。

この妖怪のような姿を、いつも、なぜか、美しいと見とれてしまうのだ。

もちろん、赤ちゃんや小さな子供も美しい。10代、20代の若い時代も美しいものだ。だから、人は老化を恐れ、美しさを保とうと必死である。

最近の60代、70代の人でも、「おばあちゃん」なんて言ったら失礼かと思ってしまうほどだ。

けれど、90を過ぎたシワシワのじぃさんばぁさんにも美しさがある。

この美しさはなんなんだろう?

その人の生き様かもしれない。

もう人生を諦めた姿かもしれない。

自分の人生を生き切った、という思いかもしれない。

もう先は長くないから、なんでも来い!みたいな肝の据わった心かもしれない。

人の痛みを知っている慈しみ、かもしれない。

なんだかそんなものがにじみ出て、美しさを感じさせるのだろうか?

人の心はその人の顔や姿に反映されるものだ。そのことに気づいてから、自身の美しさに疎かった私も、美しくありたいと思うようになった。

人間の老いは、誰も逃れることは出来ない。嫌でもシワは増えるし白髪になるし歯も抜ける。それは自然なことだ。

老いを忌み嫌うが、老いない人の方が気持ち悪いのだ。

だから、30でも40でも50でも60代であっても、老いを恐れる必要もなく、美しく在り続けることが出来るし、益々美しくなっていくことができるのだ。